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◆ Der Tag, der das Dinosaurier Reich zugrunde geht(3)
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澄み切った青空の中、東京湾へと向かうコマンドマシン。
だが、その操縦桿を握っているのは、コマンドマシンの本来の操縦者、早乙女ミチルではない…
巴武蔵。
ゲッターチーム、ゲットマシン・ベアー号の操縦者である彼だった。
だが、もはや彼らゲッターチームが乗るゲットマシンは、無い。
三機のゲットマシンはすでに破壊されてしまったのだ。
だから…ムサシは一人、コマンドマシンを駆る。たった一人で。
…と、コマンドマシンの通信機から呼び出し音が鳴り響いた。
…ムサシは、一瞬ためらったが…やはりそのスイッチを入れることにした。
「…ムサシ君」
モニターに映ったのは、早乙女博士だった。
…その後ろにはリョウやハヤト、ミチルが心配げにこちらを見返している様子が小さく映っている。
早乙女博士は穏やかな口調で、ムサシに向かって呼びかける。
「…ムサシ君、今さら戻れといっても君は聞くまい」
「もちろんです、博士」
間髪いれず答えた。
博士は沈痛な面持ちをしながら、それでもなお…目を閉じ、しっかりとうなずいた。
「…この上は、君の成功を祈る…必ず、無事に帰ってきてくれ…!」
それは、心底からの願い。研究所に残された彼らの、心からの願い…
「わかりました博士!」
それを聞いたムサシはにかっと笑った。
それは、いつもどおりの、ムサシらしい…屈託のない、明るい笑顔。
今から彼が戦場に…そして、おそらくそこから帰ることはもう出来ないだろうとわかっている場所に…向かうなどということが、信じられないくらいに。
「だってオイラ、まだやらなきゃならないことがいっぱいありますからね…!」
モニターの彼が、笑いながらそういうのをリョウたちは見ていた。
通信機越しに伝わるその声は、その表情と同じように…驚くほど、いつもどおりだった。
だが、次の瞬間…少しだけ、彼の表情が哀しそうに歪むのが見えた。
「…そうだ、まずミチルさんに謝らないと」
「…!」
ミチルの目が見開かれる。
「…ごめんよ、ミチルさん…」
ミチルは目を伏せ、首をふる。
「いいのよ」と言おうと思って…言えなかった。
口を開けば、きっと自分はあふれる感情を抑えきれないだろう事がわかっていたから…
数秒の空白。ムサシは、笑って仲間たちを見ていた。
モニターの中で、自分を見返している仲間たちを…
やっぱり、今、研究所からの通信を受けておいてよかった、とムサシは思った。
最後にあいつらの顔が見られたんだから。
「…それじゃ、博士…また!」
それでも、彼はそういった。「また」という言葉を口にした。
「?!…ムサシ君?!」
思わぬその言葉に、博士が驚くのがモニターごしに見えた。
そうして、ムサシは最後ににやっと笑うと…通信機のスイッチを切った。
軽いうなり声のような音をたて、今まで博士が映っていたモニターが真っ暗になる…
はあっ、と大きくため息をつくムサシ。
…こういう時、きっと怖くて怖くて、漏らしちまうくらいビビっちまうんだろうな、とてっきり思い込んでいたが…どうやらそうではないらしい。
むしろ、ずっと落ち着いている…なんだかその冷静さが、自分でもおかしいぐらいだ。
…と、ふっと仲間たちのことが思い浮かんだ。研究所に残してきた、大切な仲間たち…

リョウ。
お前にはすっかり騙されちまったなあ。…すっげえ驚かされちまったぜ。
まさか、お前が…お前の身体が「女」だったなんてなあ。
でもな、リョウ。
…お前、オイラの知ってる中でも、一番男気のある「男」だったぜ?
いっつもオイラたちゲッターチームのリーダーとして、気ィ張って…
お前、本当にいい奴だったぜ。
いろいろ張り合ったこともあるけどよう、オイラ…お前と友達になれて、本当よかったと思うぜ…!
ハヤト。
お前はいっつもオイラのことバカにしてからかってたよな。
でも、そのくせ…オイラがなんか困ってたら、皮肉言いながらも何だかんだいってオイラのこと助けてくれた。
ごめんな、ハヤト。オイラは何にもお前にお返ししてやれなかったな。
…だって、お前、なんでも出来ちまうんだもの。
でも、勘弁してくれよ。
…ミチルさんは、お前に任せたから。
…だけど、口の悪いのだけはいい加減なおしたほうがいいぞ、ハヤト。
エルレーン。
…なあ、エルレーン。オイラ、やっぱり間違ってなかったぜ?
…お前はやっぱり、いい奴だった。「信用できる」奴だったよ…!
…だって、お前は…オイラたちとおんなじ、「人間」なんだからさあ!
だけど、なあ、エルレーン…
オイラ、やっぱり思うんだ…お前は、リョウに伝えなきゃダメだ。お前のこと…お前が、生きてるってこと。
お前もきっと、本当はそれを望んでる…そして、リョウだってそのはずだ!
エルレーン、お前、せっかく生きのびたんだから…せっかくなんだから、しあわせになれよ。
今まで恐竜帝国の奴らのせいで苦しんだ分、ずっとしあわせになればいいじゃねえか…
リョウと、一緒にな!
早乙女博士。
博士、本当にすいません。オイラ…やっぱり、ゲッターチームのお荷物だったんです。
最初からずうっとそうでした。
いっつもオイラが、リョウやハヤトの足を引っ張ってたんです。
でも、爬虫類恐怖症で自転車にも乗れない、そんなダメなオイラを博士を見捨てないでくれた…
オイラ、なのに…こんな大事なときに、またやっちまいました。
でも、見ててください…その責任は、オイラ必ずとります。
…命と引き換えにしても。
…ミチルさん。
ミチルさん…オイラ、本当にミチルさんのことが大好きです。
だから、だから、危ない目にあって欲しくないんです…!
そんなことをするのは、オイラだけで十分なんです。
ゲッターチームやってて、つらいこととか嫌なことがあったときは…いつも、ミチルさんがオイラの救いでした。
ミチルさんが笑っていてくれるなら、ミチルさんのためなら…オイラ、死んでもいいんです。
ずっとオイラは、そう思ってました…
だから、今も、何も思い残すことなんてないです。
…でも、時々は…オイラのこと、思い出してください。
線香の一本でもあげてやってください。
ミチルさんが、オイラのこと覚えていてくれるだけで…オイラ、十分なんです…!

「…へ、へへ…」
操縦桿を握るムサシ。
自分の頬を、いつのまにかあたたかい液体がつたっていることに気づいた。
「なぁんでだろなぁ…?…なんで、こんな…涙が、出ちまうんだろうなぁ?」
おどけた調子でそういい、自分でも笑うムサシ…
右手で流れる涙をぬぐって、また大きく息をつく…。
(不思議だよなぁ…?…怖くもないし、哀しくもない…なのに、オイラ…泣いてんだなぁ…)
自分でも本当に不思議だった。だが、嫌な気はしない…
…穏やかな、それでいて腹を決めた、覚悟しきった、彼の笑顔。
そこには何の惑いも浮かんでいない。
彼は本当に穏やかな、落ち着いた気持ちでいられた。
これは自分のやってしまったことの、その償い。
だから…彼らのことを思えば、決して怖くはない。
ああ。
みんな。
よかった。これでいいんだ、みんな…!
みんな、生きていてくれるんだ…!
リョウ。
ハヤト。
エルレーン。
博士。
…ミチルさん!
「さようなら」は言わない。きっと帰ってくるって、約束してしまったから。
だから、その代わりに…涙が流れる。
彼らに向かって伝えたかった言葉。
その口に出して伝えられないままの言葉たちが身体の中で駆け巡り、行き場を失って…涙になるのだ。
ムサシは泣きながら、笑いながら、コマンドマシンを駆り続けた…
東京湾に今もなお陣取り、「人間」の世界を脅かす…あの忌まわしい、無敵戦艦ダイに向けて。

東京湾に停泊する、無敵戦艦ダイ。
そのデッキでは、今まさに戦勝記念パーティが催されている最中だった。
ゲッターロボすら粉砕した彼らには、もはや恐れる敵は無い。
「人間」たちを倒し、地上を我が物にした…誰の顔も、恐竜帝国の悲願を達成したその喜びと誇らしさで満ちあふれている。
踊る兵士もいれば、歌う兵士もいる。
酒に酔い、語り、笑いあう…デッキのそこここで明るい笑い声が上がる。
…だが、その時だった。
「…?!」
見張り台に立っていた恐竜兵士は、空中に突然ぽつりと浮かんだその黒点に不審を抱いた。
…その黒点は、だんだんとこちらに近づいてくるようにも見える…
手にした双眼鏡でその姿をもっとよく確認しようとする彼。
そして、双眼鏡の中に映ったその姿を見た途端…彼の顔の血の気がさあっとひいていった。
それは、早乙女研究所のコマンドマシンではないか!
「て、敵襲ーッ!敵襲ーッ!」
彼は慌てて声をからして触れ回る。
…だが、祝いの音楽がやかましく鳴り響くデッキ、勝利の美酒に酔う仲間たちの中で、彼の警告に注意をひかれたものはほとんどいなかった。
「…ええい、わめくなベラボウめッ!…ゲッターロボは、もういねえんだよッ!」
…あろうことか、その声を聞いたわずかなうちの一人である…しかも、上層部の、科学技術庁長官である…ガレリイ長官はそんな罵倒を大声で言い返した。
…酒にしこたま酔ったのか、その目はすっかり据わってしまっている。
やがて、酔いにふらつく彼の目にもその姿が見えた…小さな点のような、ゴミのような…
それは、コマンドマシンだった。
…ゲッターロボに変形できるゲットマシンならともかく、偵察用のコマンドマシンに何ができる?!
「…ハン、小さなハエじゃねえか!…撃て!撃ち落としてしまえッ!!」
手に持ったグラスを振り回しながら、ろれつの回らぬ舌でガレリイ長官がそう命じる…
と、彼の命令どおり、砲台が伸び上がり、その照準の全てはコマンドマシンにあわされた!
そして一斉射撃!…無数の砲弾がコマンドマシンに向かっていく。
その銃弾の雨は、一挙にコマンドマシンを包み込み…防護ガラスに銃痕を刻み、ひびを入れ…そして、白と赤に塗り分けられたそのボディにめりこんでいく。
「ぐ、ぐあッ?!」強烈な振動と爆発音がコマンドマシンの後部で響いた。
コックピットがその衝撃に揺さぶられ、たまらず悲鳴をあげるムサシ。
…と、その途端に計器類が異常な値を示し始めたことに彼は気づいた…
それは、エンジン出力が一気に下がっていっていることを操縦者に警告している!
「!…え、エンジントラブルだ!」
慌ててムサシはミサイルの発射ボタンを押す。
エンジンがやられてしまった今、一刻の猶予もない…早くミサイルを発射しなければ、誘爆の危険すらある。
だが、ボタンを何度押しても、コマンドマシンにつけられたゲッターミサイル弾が発射される様子はない…
どっといやな汗が流れ出るのを感じた。
それでも何度も…何度もムサシはボタンを押す。
しかし、何度押されても、反応は返ってこないままだ。
(クッ…は、反応しない…?!…み、ミサイルが…発射しない?!)
…その酷薄な事実。絶望のあまり、一瞬目の前が真っ暗になるような感じすらした。
だが、ムサシは瞬時に自分に言い聞かせた。
こうなるかもしれないことは、とっくの昔にわかっていたことじゃねえか。
…だから、それがどうしたんだ!
その言葉が自分の腹に沈むと、途端にぱっと思いついた。
…まだできる事は、あるじゃねえか!
ミサイルはコマンドマシンの底部についたままだ。
発射できないというのなら…この爆弾を、このままダイの腹の中にぶち込んでやればいいのだ…!
「…こんちきしょおぉおおぉぉぉぉおぉッッ!!」
そして、ムサシの絶叫!
同時に、彼はかっと目を見開き、そこに映るダイを見据える。
自分の乗るコマンドマシンにその鎌首をもたげ、大きく口を開けて吼え狂うダイの口…!
彼は思い切り操縦桿を倒す。
急角度に倒された操縦桿に従い、コマンドマシンは急速にスピードを上げて突進した!
その先には…無敵戦艦ダイの口!
「?!」
ガレリイ長官の目が信じられない光景を捕らえた。
…一斉射撃を受けた、小バエのようなコマンドマシン…
なんと、そのコマンドマシンは反転して退避するどころか、まっすぐにダイに突き進んでくるではないか?!
そして、それはダイの一方の首へ…頭部へと向かっていく…
ムサシのコマンドマシンに、あっという間にその凶悪な首長竜の顔が近づいてくる。
鼓膜をつんざくうなり声が、コマンドマシンの防護ガラスをびりびりと揺さぶる。
ずらりと並んだ鋭く真っ白い牙。
その先をかすめるようにして、燃えるコマンドマシンはダイの口の中に滑り込んだ!
真っ赤なダイの口腔を突き抜け、恐竜ジェット機発射のカタパルトレールに沿って突き進む。
恐竜兵士が何人かそれを間の抜けた顔でぽかんと見ている。
ざまあみやがれ、と思った。
「…!」
コマンドマシンの防護ガラスが、砕けた。
透明なガラス片が、爆発熱で溶かされながらバラバラと身体にぶちあたる。
その透明な炎の雨に焼かれた身体に激痛が走る。
しかし、不思議なことにその感覚は薄れていく一方なのだ。
…それどころか、なんだか身体全体が心地いいほどにあたたかく感じる。
燃え尽きるコマンドマシン、コックピットは炎の海だというのに…
何故か、地獄のようなその熱さではなく、何かもっと、やさしいもの…天使の羽根にでも包まれているような、誰かが握ってくれた手のひらのような…
今感じているのは、そんなやさしいあたたかさだった。
(…ああ、そっか)
ようやくわかった。
それは、最期の時が近づいているという、まさにその証拠なのだ。
ムサシは思った。
やっぱり、ぜんぜん怖いもんじゃなかったな、と。
それどころか、なんかすっげえ気持ちいいじゃねえか。
…でも、やっぱり。
こんなのは、オイラだけで十分だったな。
あいつらを巻き込まなくてよかったよ。
そのことを思い、にかっと笑うムサシ。
血まみれの、やけどだらけの顔で、それでもムサシは心底うれしそうに笑っていた…
…さあ、後は、ちゃんと最後までやり遂げるだけ。
ムサシは操縦桿をしっかり握りしめたまま、身体をゆっくりその上に倒していく…
ムサシの身体で前に押された操縦桿は、コマンドマシンを前へ前へ、ただひたすら前へと進めていく。
コマンドマシンは止まらない。
操縦桿は、前に倒されたままで。
やがてムサシの意識が絶えても、その手は操縦桿を離さなかった。
ムサシの息が絶えても、その手は操縦桿を離さなかった…

そしてコマンドマシンは炎の弾丸と化し、立ちふさがるもの全てをなぎ倒し…
最後に、無敵戦艦ダイの中枢部…機関室へと突っ込んだ。
巨大なエンジンを溶かし、大穴をあける炎弾。
瞬時に機関室を吹き飛ばす、強烈な爆風。
それに連動するように、どんどんと内部構造が小爆発を起こし、砕け散っていく。
無敵戦艦ダイの自壊が始まった。

突如、無敵戦艦ダイが天空を仰ぎ、声の限り吼えた。
そのあまりの声の大きさに、思わず耳をふさぐデッキの恐竜兵士たち。
「…?!」
今まで、呆然とコマンドマシンがダイの口に吸い込まれていくのを見届けていたガレリイ長官。
だが、ダイのその様子に異常を察知するやいなや、彼はすぐさま駆け出す…帝王ゴールのもとへと。
彼がデッキから姿を消すのとほぼ同時に、いままで停泊していた無敵戦艦ダイはいきなりその歩を進めた。
いや、それは歩くというより、むしろ暴れているといったほうが似つかわしい。
その唐突な動き、そしてそれに伴う強烈な揺さぶりに対応できず、数人の恐竜兵士が振り落とされてデッキから水面に叩きつけられた。
狂ったように吼え狂い、その双頭をぶんぶん振り回す無敵戦艦ダイ。
その巨体のあちこちで爆発が起こり、皮膚の装甲が破け、赤い炎が噴き出す…
そして、ダイは水しぶきを上げながら海岸へと、そしてその向こうにある、建築された前線基地へと突っ走っていく…
だがその一瞬前…無敵戦艦ダイが地上に上がるその前に、ダイの尾部から矢のように何かが飛び出した…
その「何か」…小さな脱出艇は、全速力でダイから離れていく。
そして、まっすぐに海底へと逃げていった。
無敵戦艦ダイが吼える。
コントロールを完全に失い、半ば盲目と化したダイは、まがまがしいうなり声を上げながらその基地を踏み潰す!
めきめきと音をたて、砕け散る前線基地。
ダイに喰いちぎられたがれきがバラバラと舞い狂い、もうもうと土煙を巻き上げる…
…無敵戦艦ダイの動きが、ぴたりと止まった。
今まで暴走の限りを尽くしていたその巨体が、まるで凍りついたように動かなくなる。
それは、最期の合図だった。
次の瞬間、大きくダイは身をそらし…カッ、と全身を貫く爆発の光が、彼の体のいたるところから噴き出した。
大地を揺るがす爆発音。
強烈な地震のような衝撃が、焦土と化した東京に響く…
無敵戦艦ダイは巨大な炎となり、がれきや鉄クズ、血と肉を巻き上げながら、空まで届く忌まわしいキノコ雲へと姿を変えた…
爆発のすすで真っ黒に染まる空。
その空の切れ間から、白い太陽の光が貫く…
恐竜帝国が、ハ虫人たちがあんなに望んだ太陽の光、希望の光が。
それが、無敵戦艦ダイの最期だった。
そしてそれは、恐竜帝国の望んだ、一つの「未来」の終わりでもあった…

「…ッッ!!」
リョウたちの目がかっと見開かれる。
…その視線は、無敵戦艦ダイの様子を映した中継画面を放映するテレビ画面にくぎ付けになっている…
遠い空から、点のようなものが無敵戦艦ダイに近づいていくのが見えた。
…それは、ダイに比べればあまりに小さく…まるで、小バエのごときものだった。
無敵戦艦ダイがその鎌首を小バエに向ける…
そして、あらわれた無数の砲台が一斉にその小バエに向けて無数の弾丸を発射した…!
光の筋を描いてまっすぐにその弾は向かっていく。
まるで輝く光の雨のように、小さなその小バエに降りかかる…
…やがて、その小バエの姿が多少はっきり映るほど…とは言っても、あくまでそれはハエのように小さい…ダイに近づいた。
赤い炎がまとわりついたそれ。
それは間違いなく、あのコマンドマシンだった…!
「…む、ムサシィッ!」
リョウの絶叫。
「む、ムサシ君ッ!ムサシ君ッ!」
博士が通信機のマイクにがなりたてる。
だが、応答は帰ってこない。
ダイの射程距離内に入っていながら、コマンドマシンは何故か反転して離脱しようとはしていなかった。
…それどころか、底部につけたミサイルが発射された様子すらない。
「…?!」
そして、彼らの目の前で…コマンドマシンはまっすぐにダイに突き進んでいった。
その先には、吼えるダイの、大きく開かれた口…
まっすぐそこに、まるで導かれるようにして吸い込まれていくコマンドマシン…
「?!…む、ムサシッ?!ムサシッ!」
ハヤトが驚愕の叫び声をあげる。
…そして、その数十秒後…唐突に、無敵戦艦ダイの絶叫がテレビのスピーカーを強烈に震わせる。
突然荒れ狂った無敵戦艦ダイは、長い首をふりまわし、その巨体をふるわせ、暴れはじめた…!
全身いたるところから、小爆発の小さな炎を上げながら…
狂気のうなり声を上げ、前線基地に突き進む無敵戦艦ダイ。
彼はその基地を踏み潰していく…
だが、その動きがぴたりと止まる。
そして、ゲッターチームは見た。
無敵戦艦ダイが大爆発を起こす、その様を…
「……!!」
「…!…む、ムサシ君、ムサシ君ッ…応答しろ、ムサシ君…ッ!」
はっとなった早乙女博士…再びマイクを手にし、必死にムサシを呼び出す。
だが、応答は帰らない。
「ムサシ君!ムサシ君ッ!…応答するんだ!ムサシ君ッ!」それでも博士は叫びつづける。
マイクの向こう、コマンドマシンの通信機の向こうにいるかもしれない…いや、いるはずだと信じる、信じたい、…巴武蔵に向かって。
「あ…ああ、あッ…!」
がたがたと全身が震え出す。
乱れた呼吸の合間から、高ぶる感情のあまり、無意味な言葉が音となってほとばしる。
信じられない。
信じたくない。
リョウは必死で自分に言い聞かせる。
ムサシの奴はあのコマンドマシンから脱出したにちがいない、と。
あいつはああ見えても割に運だけは強いんだ、だからうまいことやったにちがいない、と。
だが、ムサシからの応答は帰ってこないままだ。
それが現実だった。
ハヤトはいつのまにか真下を見つめ、うつむいたまま呆然と立ち尽くしていた…
もうテレビ画面は見ない。見たくない。見ても意味がない。
見たくない。
あの馬鹿と…明るくておおらかで、それでいてお人よしのあの馬鹿と、一緒になって燃え尽き、砕けて灰とすすとがれきに姿を変えた、無敵戦艦ダイのなれのはてなんて見たくない…!
その時だった。
絶望に見開かれたミチルの双眸から、とうとうこらえきれない涙があふれ出した…
「…む、ムサシ君…あ、あああっ…!」
顔を両手で覆い、泣き崩れるミチル…彼女の唇からほとばしる悲鳴。
その悲鳴が地下シェルターに響き渡った途端、リョウやハヤトが今まで必死に押し込めていた…
必死に否定しようとしていたその事実が、心の堰にみしりと音をたて、ひびを入れた…そして、それは途端に砕け散った。
息をついた瞬間だった。自分たちの喉から吹き出ているのが吐息ではなく、絶叫だったと気づいたのは。

暗い海底を航行する脱出艇。
夜闇のように深い黒の水の中を、ひたすらに脱出艇は潜っていく…地底へ続くトンネル目指して。
…あの無敵戦艦ダイに比べ、はるかに小さなその脱出艇。
その艦内には、わずかに逃げ延びたハ虫人…数人のキャプテンとバット将軍、ガレリイ長官…そして、帝王ゴール。
爆発する無敵戦艦ダイから逃れられたのは、たったその十名程度だった…
帝王ゴールは、先ほどからじっと脱出艇の丸窓から、深海を見ている。
…だが、光もささないその場所では、丸窓をのぞいたところで何が見えるわけでもない…
ただ、暗い面のみが、ときおり混じっていく細かな泡とともにいつまでも続くだけ。
それでもゴールは口を閉ざしたまま、じっと立ち尽くし、その闇を見ている…
「ゴール様…」
その後姿に、おずおずと声を変えるバット将軍。
「何も言うな、バット将軍、ガレリイ長官…我々は、負けたのだ。…あの『人間』どもに。ゲッターチームに…」
帝王の声は、低く落ち着いたものだった。
終わってしまったそのことを、気に病んでいる様子はもはやなかった。
軽い虚脱感とともに、その事実を受け止めている。
「し、しかし、ゴール様…ゴール様の先見の明のおかげで、助かりましたな」
帝王のその様子に戸惑いながらも…バット将軍が、思い出したように慌ててそう付け加えた。
「あの時、前もってプラントの一部と臣民たちを『第二マシーンランド』に移していなければ…今ごろ、皆どうなっていたことやら」
その言葉には多分に安堵の色が漂っている。
ガレリイ長官もすぐにそれに同意し、何度もうなずく。
…そう、あの時…一番最初にマシーンランドがゲッターロボによって発見されたあの時。
メカザウルス・ヤモをおとりとして使い、彼らが全速力で逃げ延びた理由。
それは、最悪の事態にそなえ、マシーンランドの全臣民と必須のプラントを、もう一つのマシーンランド…「第二マシーンランド」に移すための時間稼ぎだったのだ。
ゴールは帝王ゆえに、恐竜帝国の生存をこそ最優先の事項としたのだ。
もしゲッターロボに自分たちが打ち勝てなかったとしても、恐竜帝国を滅ぼすわけにはいかない。
最悪の事態だけは、恐竜帝国の破滅だけは回避しなくてはならない…
それは杞憂であれども、絶対に実行しなくてはならない事由であった。
そして、全ては帝王ゴールの予見したとおりになった…しかも、悪い方向に。
「そうですなバット将軍…第二マシーンランドにある残存プラントは30%ほどしかありませんが…なあに、それでも十分メカザウルスは…」
少し元気を取り戻した様子のガレリイ長官。自身ありげな様子を装い、彼は気を吐く…
「ガレリイ長官」
だが、その言葉をさえぎるように…帝王ゴールは口を開いた。
思わず彼のほうを振り向くバット将軍とガレリイ長官。
帝王はゆっくりと彼らのほうを振り向く。…その眼には、きっぱりとした決意があった。
そして、ゴールは厳かに宣言した。
「わしは、決めた…この時代での、地上攻撃は今をもって中止。…恐竜帝国は、再び好機を待つため冷凍睡眠を再開する」
「?!」バット将軍、ガレリイ長官…そして、脱出艇を操縦していたキャプテンたち…その誰もが、あまりのことに我が耳を疑った。
「ご、ゴール様!しかし!」
「ゲッターロボも破壊しました!もはや我々に敵は…」
困惑しきった二人。驚きのあまり、もつれる舌で…その帝王の言葉に反論する。
…ゲットマシン無き、ゲッターロボ無き今、我々恐竜帝国に敵は無く…それゆえ、地上征服はもはや赤子の手をひねるよりも簡単なことだと。
しかし、帝王ゴールは強い口調でそれを一蹴した。
「ない、とは言えぬ!早乙女研究所、ゲッターチームはまだ生きておる…きゃつらが生きておる限り、また新たなるゲッターロボがあらわれることは必至だ!
…無敵戦艦ダイすら葬ったきゃつらとこれ以上戦うのは得策ではない…!」
「ご、ゴール様…」
その言葉を聞いたバット将軍も、ガレリイ長官も…口を閉ざしてしまう。
すすり泣きが聞こえた。
…キャプテンの誰かが、泣いていた。
その気持ちは、バット将軍とて、ガレリイ長官とて同じだった…
「…バット将軍よ、…我々は、待った。ずいぶん長いこと、ゲッター線の弱まる時期を、地上に出るべきときを…待ってきた。
代を重ね、冷凍睡眠を繰り返しながら。…ずいぶん長い間を待ったのだ。…なら、さらに待つことは困難ではない」
帝王ゴールの表情がふっとゆるむ。
…そして、彼はむしろ…今まで必死に「人間」たちと、ゲッターロボと戦ってきた自分の部下たちをいたわるような口調で、彼らを諭し始めた。
この選択は、自分たちにとって容易、かつもっとも賢い選択であろうことを…
恐竜帝国の、「未来」のために。
「…」
「時を待つのだ。…ゲッターチームは所詮『人間』…寿命は、短い。それに、『人間』という種が…何らかの原因で、勝手に自滅の運命をたどることもありえよう。
…我々にとって、ゲッター線がそうであったように」
「…」
「ガレリイ長官。第二マシーンランドに帰還次第…全臣民に通達を出す。
再び4つのサイクルを組み、冷凍睡眠期に入ると。再び来たらん好機に向け、我々は力を蓄えねばならぬ…」
そう最後に帝王ゴールはうつむいたままのガレリイ長官に言い…
そして、マントをひるがえし、また海底の景色に見入った。
そこには闇しかなかった。
これから自分たちがつくであろう、永遠といえるほど永いだろう、眠りの闇にも似た…

エルレーンはぎゅっと身をちぢこませ、顔をひざに埋めてリョウの精神の中をたゆたっていた…
身体に時折かすめていく光…それは、リョウの「思考」…から、彼の思いを感じ取りながら。
『…!!』
急に、全身に降りかかる雨のような衝撃を感じたエルレーンは、思わず目を開いた…
と、同時に、うねり荒れ狂う波のような、強く混乱した感情が一気にエルレーンの中に流れ込んでいく。
『…あ…うああ、っ…?!』
その全ては、苦しく、哀しく、そしてどうしようもなく痛かった。
目を見開いたエルレーンの瞳に、朱(あか)い空間…リョウの精神の世界が広がる。
異常な光景…今まで見たこともないような光景が広がっていた。
いつもより遥かに…いや、信じられないくらいの数の光弾が縦横無尽に飛び交っている。
それはすなわち、リョウの混乱と強い感情の揺れを示す…
まるで銃弾のシャワーのように、その光の弾丸がエルレーンの身体にぶち当たる…
『…!!』
そして、その「思考」の光弾がエルレーンに伝えた。
リョウの混乱の原因を。
リョウの苦しみの原因を。
エルレーンは思わず立ち上がる。
全身でその弾丸を受け止める…
ぶち当たるその流星一つ一つから、リョウの「思考」が一挙にエルレーンに流れ込む。
『…!』
エルレーンは、それを通して、「見た」。
リョウの感情に彩られたその光景を、全身で「見た」。
彼が…彼女のいとしい「トモダチ」が、命を散らしていく様を。
『…あ…あ…ああ、っ…!!』
エルレーンの頬を、絶望の涙が流れていく。
がたがたと全身が震え出す。
信じられない結末。しかし、もはやどうすることもできない事実。
『…む、ムサシ君…ムサシ君ーーーーーーッッ!!』
エルレーンは絶叫した。
朱い空間にその悲痛な絶叫が響き渡る。
だが、誰もその声を聞くことはない。
朱い空間を切り裂く白い光の雨の中、エルレーンは泣き叫んだ。
泣き叫ぶことしか、できなかった…


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