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◆ Castor et Pollux
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その日、研究所の面々はちょっとした浮かれ気分にあった(とはいえ、そのプロジェクトは極秘扱いされていたため、その人数はごく限られてはいるが)。
とうとう、地中奥深く、マグマ層に潜む恐竜帝国の本拠地…
マグマ内を自由に移動可能な彼らの基地、恐竜帝国マシーンランドを発見するための手段、ゲッター線ソナーが完成したのだ。
このソナーによってマシーンランドを発見し、すぐさまゲッターロボで襲撃する…
それは、今までまったく防戦一方だった戦況を大きく塗り替えるはずであった。
今までのゲッターチームの戦いは、メカザウルスの襲来をうけ、それを撃退するという繰り返しだった。
そのような後手後手の対応から一転し、今度は自分たちから奴らの本拠地を攻撃する…これにより、恐竜帝国に壊滅的な打撃を与えられるはずだ。
ゲッター線ソナーが完成するやいなや、早乙女博士はすぐさまそれを使ってのマシーンランド攻撃を決定した。
…敵の妨害工作がいつ入るかわからない。
それゆえ、攻撃は明朝…完成してすぐのソナーではあるが、即刻使用することに決めたのだ。
そして、決戦を明日に控え…ゲッターチームのメンバーは研究所で待機していた。
…メカニックたちは最終調整に忙しく、研究員たちも最後のデータ確認にてんやわんやであるが、パイロットである彼らには取り立ててすることがない。
…ただ、その時を控え…自らの心を落ち着かせておくだけ。
そのゲッターチームのメンバーの一人であるムサシは、司令室から続くバルコニーで夜空を見上げていた。
…今宵の星空は、とりわけ美しく見える。澄んだ冬の空気の中、満点の綺羅星がまたたいている…
そして、その星の海の中には、月。ほぼ真円に近い形をしている…もうすぐ満月になるはずだ。
…ハーモニカの音が静かに響いている。
自分から少しはなれたところで、手すりに寄りかかったハヤトがハーモニカを吹いている。
…ミチルもそのそばで、その音色を聞いている…
「…いよいよだな、君たち…」
…と、そこに、作業から一旦離れ、休憩をとろうとやってきた早乙女博士。
ムサシたちに声をかけるその表情は、疲労の色が浮かんではいるが、明るい…それは作業がうまくいっていることの証拠に思える。
「博士、どうですか?…ソナーの調子は」
ハーモニカを唇から放し、ハヤトが問い掛ける。
「大丈夫だよ、ハヤト君。…コマンドマシンへの取り付けもほぼ完了したよ」
博士は自信ありげにうなずき、答えた。
…そのとき、彼らの背後に別の人影が忍び寄ってきた。
…彼らが振り向くと、そこにいたのは…「リョウ」。
「そうなの…とうとう、完成したのね…博士」
だが、その唇から紡がれた言葉は、彼のものではなかった。
…そのことに気づき、ふっと微笑するムサシたち。
「ああ、そうだよ…エルレーン君」
博士が彼女の名前で、「リョウ」に呼びかけた。
「…がんばってね、私…信じてる。みんなが、勝てるって…信じてる」
ゲッターチームのほうに歩み寄りながら、彼女はにこりと微笑んでそう言った。
「ああ、任せろ…!」
「オイラたちとゲッターは無敵だぜ!」
自身もにやっと笑って応じるハヤトたち。
彼らの笑みを見たエルレーンは、安心したようにまた微笑んだ…
と、彼女はふと頭上にきらめく満天の星々の美しさに気づいたようだ。
…見上げるその暗闇のヴェールのいたるところに、大小様々な光点が散りばめられている…
「…ああ…そうだ、…思い、出した…」
「…何をだ?エルレーン」
夜空を見上げたまま、ぽつりとつぶやかれたその言葉に問い掛けるムサシ。
「冬の、星だ…これ、冬の星なんだ…」
「冬の星?」
「そう…」
そう言いながら、ムサシのほうに視線を戻しぱっと微笑を浮かべるエルレーン。
「…プロキオン、シリウス、ペテルギウス…カストル、ポルックス…」
そして、詩を暗誦するかのように、彼女は星の名前を次々と口にする…まるで歌うような調子で。
「…!」
博士とミチルの表情に軽い驚きが浮かぶ…そして、彼らはすぐに思い出した。
それは、あの夏の夜のこと。星の名を数えていたエルレーンが言ったセリフ…
そう、今彼女は、見られなかったはずの冬の星空を目にしているのだ。
…自らのオリジナル、流竜馬の身体を借りて。
「…不思議だねえ。…私、この星を…見られるはず、なかったのに」
「ああ…そうだったわね。…そうだったのよね…」
ミチルが再び夜空に見入った彼女のそばに近づき、無数の星からひときわ明るく輝く一つを指差して言った。
「あれが…あのへんで、一番明るいのが、シリウスよ」
「シリウス…?」
「そう。…で、そこからちょっと上のほうに、大き目の星が二つあるでしょ?…あれが、プロキオンと、ペテルギウス。子犬座と…なんだったかしら?」
「オリオン座だよ…オリオン座の、ペテルギウスだ」
ミチルの説明に、博士が補足してやる。
「ふうん…キレイな、星だね」
エルレーンはうっとりした瞳でその星を見つめていたが…
やがて、ミチルのほうに向き直り、にこっと笑いかけた。
「ええ」
ミチルもにっこりと微笑んだ…そして、再び夜空を指し示す。
「その、プロキオンのもっと上のほうに…縦に二つ並んだ、ちょっと大きめの星があるでしょ?…あれが…カストルと、ポルックスよ。双子座の…」
「『ふたご』…?」
その言葉にちょっと興味をひかれた風のエルレーン。
「そうよ。ふふ…あの星、おんなじような大きさで、二つ仲良く並んでるでしょ?だからまるで、双子みたいだから…
そうね、ちょうど…あなたとリョウ君みたいなかんじ、かな」
「私と…リョウ…?!」
ますます不思議そうな顔をして、小首をかしげるエルレーン。
「ええ…!…だって、あなたたち…同じ姿かたちをしている、同じDNAの…そうよ、本当に…『双子』みたいなものじゃない」
「…」
それを聞いたエルレーンは、一旦目をぱちくりさせた。
…だが、なぜかその彼女が突然ふっと哀しげな微笑みを浮かべたのを見て、ミチルは思わずどきっとした。
エルレーンは三度星空に目をやった。
彼女の透明な瞳が見つめるのは…双子座の兄弟星、カストルとポルックス。
「ふうん…カストルと、ポルックス…二つなんて、いらないのに、ねえ…」
「え…?」
その思わぬ言葉に思わず聞き返してしまうミチル。
…そんな彼女に、エルレーンは軽く微笑んでなおも言う。
「…おんなじものなら、どっちかひとつでいいのに。…二つなんて、いらないのに…」
一瞬、エルレーンの瞳にすっと哀しみが映りこむ。
だが、月光の薄明かりの中では、ミチルたちの目にははっきりとそれは見えはしない…ただ、彼女の言葉からそれを感じる。
「…そうだよ…私だって、そうなのに、ね…」
「…?」
「だって、私…リョウと同じモノのはずなのに、…リョウに、なれなかった」
…その言葉を口にしたとたん、エルレーンの表情が傍から見てもはっきりわかるほど哀しげに歪んだ。
その表情の変化に思わず戸惑う博士たち…
それでもエルレーンは、一旦口にしたその感情をもはやとどめることができず…ぽつり、ぽつりとつたない口調でそれを言葉にしつづける。
「え…?」
「ずうっと、思ってた。…どうして、私…リョウに、なれなかったんだろう。どうして私、消えなかったんだろう、って」
「…」
「私は、リョウと同じモノだから、リョウに『帰れ』るはずだった。リョウの中に溶けて、消えて…一緒になれるはず、なのに…」
そこでエルレーンは口をつぐんだ。
…そして、数秒の空白の後…再び、彼女は口を開く。
「…でも、私…消えなかった」
「…」
「そしたら、リョウには…私の声が、聞こえなく、なってしまった」
「…」
「変、だよね…私たち、別々だった時は、あんなに…触れるだけで、お互いのこころの声が、聞こえたのに…」
…そう、そのことが…かつては触れるだけで相手の心、相手の感情が伝わってきた、伝え合うことが出来た…
その事実がなおさら彼女を哀しませ、困惑させる。
二つ身に分かれていた時は触れるだけでこころを伝えることが出来たにもかかわらず、
こうして『流竜馬』の身体で…一つの身体になった途端に、彼女の声はリョウには届かなくなってしまった。
まるでそれは、もはや彼女を受け入れない、とでもいうように…同じモノで出来ていたはずの、かつては通じ合えたはずの自らの分身を。
「…」
「でも、もう…」
いつのまにかエルレーンは目を伏せ、誰の顔も見ないままにそれを語っていた。
…薄暗いそのバルコニーでは、うつむいた彼女の表情はよくは見えない…
そしてまた、数秒の空白。
バルコニーをしいんとした静寂が浸す。さわさわと風が木々の葉を揺らす音。
…そこまで言った彼女はぱっと顔を上げ、自分の話を無言で聞いていた博士たちに向かって笑いかけた…
「ふふ…おんなじものなら、どっちかひとつで、いいのにねえ…?」
そういって、エルレーンは自分で微笑った…しかし、そこにはどこか自嘲めいた響きがある。
だが、彼女の言葉を黙って聞いていた早乙女博士が…重い口を開き、穏やかな口調でそれを否定した。
「…いいや…それは違うよ、エルレーン君」
「え…?」思わぬ言葉に、エルレーンは博士にふりかえる。
…博士はゆっくりと歩みより、エルレーンの隣に立った。
手すりに手をかけ、彼もまた天空を見上げる…カストルとポルックスを見上げる。
「カストルとポルックスは…同じように見えるけど、実は少しずつ違っているんだ。…明るさや、地球までの距離も…」
そう言って、博士はエルレーンのほうに目を向けた。
「あの星はね…ギリシアの昔話から名づけられた星なんだ」
「…むかし、ばなし…?」
「そうだよ…遠い遠い昔、ギリシアにはスパルタという国があったんだ」
…そして、博士はエルレーンにその物語を語り始める…ムサシたちもそれをそばで聞いている。
…それは…遠い遠い国の、星の神話…
「その国の王様、テュンダレオスは、レダという美しい女の人と結婚した。
…しかし、その人はあまりに美しかったため、神様であるゼウスも彼女に恋をしてしまった」
「…」
エルレーンはじっと博士を見つめ、真剣な面持ちでその物語を聞いている。ムサシやハヤトたちもまた…
「そこでゼウスは白鳥に姿を変えて、レダのもとに訪ねていったんだ…やがて、レダは大きな卵を2つ産み落とした。
…片方の卵からは双子の姉妹、ヘレネとクリュタイムネストラ。
…そして、もう片方の卵からは双子の兄弟…カストルとポルックスが生まれた」
「…」
「カストルとポルックスはとても仲のいい兄弟だった。…だけど二人は、顔も姿もそっくりだったけど、ただ一つだけ違っていることがあったんだ。
…お兄さんのカストルは、人間の子だったけど…弟のポルックスは、神様…ゼウスの子だったんだ」
「…」
「二人はいつも一緒にいた。…けれど…彼らが、イーダスという兄弟と牛を分け合おうとした時だった。
イーダスはずるをしてその牛を多く取ろうとしたんだ。
彼らの間でけんかが起き、それはとうとう…戦いになった。
…イーダスは、人間では一番強いと言われていた戦士たちだった。
…だから、その戦いで…お兄さんのカストルは、殺されてしまったんだ」
「…」
「弟のポルックスは嘆き哀しんだ。…そして、父親であるゼウスに叫んだ。
…どうかお兄さんを助けてくれ、そうでなければ自分も一緒に死者の国へ行かせてくれ、ってね…」
「…」
そのくだりを聞いたエルレーンは、ふっと目を閉じた…そして、彼のことを思った。
…そのポルックスの言葉は、否応なく彼女の分身を思い起こさせた…
自分が殺意を剥き出しにしていたあの最後の戦いでも、なお自分を救おうとし…
なおかつ、自分が彼を道連れにしたときですら、やさしく微笑って「これでもう、お前は一人じゃない」と言い、運命をともにしようとしてくれた彼…リョウを。
「…でも…一度死んだ人は生き返らせてはならない、という決まりがあったんだ。
…そのうえ、神様の子であるポルックスは不死身だったから、死者の国へ行くことはできなかった」
「…」
「だからゼウスは…カストルの人間としての運命と、ポルックスの不死身の運命とを半分ずつにして…それぞれをふたりに分け与えることにしたんだ。
だから…カストルとポルックスは、一年のうち半分は夜空に昇って天で暮らし、残り半分は地下にある死者の国で過ごすことになったんだ」
「…」
「それが、『双子座』…あの、カストルとポルックスだよ」
天空高くを見上げたまま、カストルとポルックスを見上げたまま…博士はそう言って、その物語をしめくくった。
しばらく早乙女博士はそのまま夜空を見つめていたが、やがて…エルレーンのほうに向き直り、穏やかな口調で問いかけた。
「エルレーン君。…君は、何故…自分が、ここにいると思う?」
「…?」
その突然の質問に、ぽかんとしてしまうエルレーン。
そんな彼女の反応を見、博士は微笑ってなおも聞く。
「どうして君が、ここにいられると思う?」
「どうして、って…それは、私を、リョウが、助けてくれたから…」
「そう、そうだね。…だけど、それだけじゃない」
彼女の答えにうなずきながら、それでも博士はきっぱりとそう言った。
「…?」
「それは君が…『エルレーン』君だからだよ。…『リョウ』君じゃなくて」
エルレーンの目をじっと見据えながら、博士ははっきりとそう言った。
彼の目に今映っているのは、透明な瞳。
それは、リョウの炎を宿した瞳とは、似てはいるが明らかに違った輝きを持つ瞳…
「え…」
「君はリョウ君の中で消えなかった。…それは、君がリョウ君じゃない、『エルレーン』という…彼とは違った、『人間』だからだよ」
「…」
「君は…確かに、リョウ君と同じDNAでできたクローンだ。彼と寸分違わない姿かたちをした…」
「…」
「でも、君は…『エルレーン』として生きてきた。半年間という、短い時間だったけど…
『流竜馬』ではなく、別の『人間』…『エルレーン』として、生きてきたはずだ」
「…」
「だから、君たちは…似ているけれど、違う。…双子でありながら、人間の子と神様の子という別々の運命を持っていた、カストルとポルックスのように…ね」
「…」
エルレーンは、博士をじっと見つめ、彼の言葉をかみしめるように真剣に聞いている…
カストルと、ポルックス。
そう、自分たちもあの物語の兄弟のように、別々の運命を持っていたのだ…
一方は、恐竜帝国の「兵器」として。一方は、それに対抗する「人間」、ゲッターチームの一員として。
同じDNAで出来ている、同じモノどうしでありながら…敵味方に分かれていた、二つの運命。
そして今は…一つの身体の中で同じ運命を生きている、自分たち。
「だから…君がリョウ君の中で消えなかったことにも、意味があるんだよ」
「…そう…なの、かな…?…博士」
「ああ…そうだよ」
人のよさそうな笑顔を浮かべ、博士はしっかりとうなずいた。
…その笑顔には、彼女を思いやるやさしさがあふれている…
「そうだぜ、オイラは…」
と、そこにムサシの声。
…彼もエルレーンのそばに行き、彼女の目をまっすぐ見つめて、はっきりとこう言った。
「オイラは、お前が生きていてくれてうれしいよ!」
「!…ムサシ君…」
「消えなくて、よかったじゃねえか!…だからオイラ達ゃこうして今、『エルレーン』と会えるんだから…
なあ、そう思うだろ、ハヤト、ミチルさん?!」
そう言いながらハヤトとミチルのほうを振り向くムサシ。すると彼らも、軽く微笑んで答えを返す。
「…ああ。…まったくだ」
「そうよ…私もそう思うわ、ムサシ君」
「ハヤト君…ミチルさん…」
「だろ?…な?エルレーン…」
そうしてムサシはエルレーンににかっと笑いかけた。屈託のないその快活な笑み。
「…うん…そうかも、しれないね…」
彼らの言葉を聞き、ちょっと驚いた風を見せたが…やがて、エルレーンはふっとうれしそうに微笑んだ。
彼女の微笑みを見たムサシたちも、また微笑った…
(別々の、『人間』、別々の、いのち…か…)
エルレーンはすっと瞳を閉じ、ふとそのことを思った。
…早乙女博士のくれた言葉を、自分の中で反芻する。
(…ねえ、リョウ…私たち、同じ運命を分け合ったんだ、ね…リョウが、私を…命がけで、助けてくれたから…)
こころの中で、彼女はそっとリョウに呼びかけた。
自分のことをもはや知ることもない、だが常にともにある、自らの半身に向けて。
(リョウ、だから、私たち…これからも、ずうっとずうっと、一緒だよ…たとえ、リョウが私に…気づいて、くれなくても…)
そして、エルレーンは夜空を見上げる。
そこには並んで輝く兄弟星、カストルとポルックス。
死んだ兄を追った弟、人間の運命と不死身の運命を分け身にした、いつまでも共にある存在…
その双星は、エルレーンの瞳にはひときわ美しく輝いて見えた。
(…あの、カストルと、ポルックスみたいに…)


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