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◆ 別離(2)
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早乙女研究所に帰還したゲッターチームは、辛くもメカザウルスとの戦いに打ち勝ったことに湧く早乙女博士や研究所員達に出迎えられた。
「よくやってくれたな君達!…リョウ君、手は大丈夫か?」
早乙女博士がリョウに声をかける。
「…ええ…」
ミチルに腕の傷の手当てをしてもらいながら、リョウが答えた。
先ほどの戦闘で負傷した腕の傷は少々深いものだった。
骨は折れてはいないものの、深い裂き傷になって血がずいぶん流れ出ていた。
「傷が痛むのかよ?…たいした傷じゃねえじゃねえか。心配ない心配ない!」
あの強敵に対して勝利を収めたというのに、浮かない顔のリョウにムサシがあえて明るく言う。
「あ…ああ。傷は…別にいいんだが…」
そう言って目を伏せ、くちごもるリョウ。
「?」それでもまだ様子のおかしいリョウに戸惑うムサシ。
「…あのキャプテン、俺を…」
思い出すように、リョウがつぶやいた。
「『エルレーン』って、呼んだ…」
「…そうだったな。確か…」
ハヤトもそう言う。
「…そりゃあおんなじ顔だもんな、思わず勘違いしちまったって事だろ」
「違うんだムサシ…俺が言いたいのはそう言うことじゃなくて…」
だが、リョウ自身も自分の気持ちを上手く言葉に出来ずにいた。
俺…あのキャプテンに、どこかで…会ったことがあるような気がする…
だが、そのような感覚がある一方で、それが一体いつなのか、どこであったのか…その答えは、出てこないままだった。
あのときの、キャプテンの表情が忘れられない。
その表情は…思いやりにあふれた、母親が子供を心配するような…そんな表情だった。
ふいに、リョウは自分の母親があんな表情をしていた、ということを思い出した。

エルレーンは恐竜帝国マシーンランド内の訓練所で、キャプテン・ルーガが来るのを待っていた。
『…遅い…な…。…お仕事が長引いてるのかな?早く来るといいな…』
訓練用の剣を手に、一人でトレーニングをしながらエルレーンは思った。
だが、1時間たっても、2時間待っても、キャプテン・ルーガは訓練所にあらわれない。
『遅いな…ルーガ』
トレーニングに疲れ、床に座り込んでじっと待つエルレーン。
時計は確実に進む時を刻む。心地よくない、けだるい時間をエルレーンは待っていた。
『忘れちゃったのかな…ううん』
ふとそう彼女は思ったが、かぶりを振ってその考えを打ち消した。
『ルーガが私との約束を忘れるはずなんて無い!…きっと、来てくれるよ。…もうちょっと、したら…』
3時間が過ぎ、それでもキャプテン・ルーガはあらわれない。エルレーンは壁に力無くもたれかかり、ただただ親友が来るのを待っている。
そして4時間が過ぎ、5時間が過ぎた頃。
訓練所前の廊下を、誰かがこういいながら走り抜けていくのが聞こえた。
「…テン・ルーガが!…ゲッターに、やられたらしいぞ!」
「メカザウルス・ライアが敗れたのか?!信じられない…」
一瞬、心臓がどくっと強く拍動した。身体がこわばるのを感じる。
エルレーンは立ち上がり、訓練所を駆け出した。そして司令室へ全力で駆けていく。
『…嘘だ』
『嘘だ』
『嘘だ…!ルーガが、ルーガが…?!』
必死で頭に浮かんだ不吉な考えを打ち消そうとする。だが、それとは裏腹に心には暗い不安の影があっという間に拡がっていく。
司令室のドアを勢いよく開けると…そこには、バット将軍がいた。その表情は、硬い。
「No.39…」
「バット将軍!…ルーガは?!」
一瞬ためらった後に、バット将軍は…宣告を告げた。
「…キャプテン・ルーガは…先ほど、ゲッターロボとの戦闘で…見事な、戦死を遂げた」
「…」
その言葉の一つ一つが、自分の中の何かに響いた。
「…そだ…嘘だ」
…呆然と残酷な宣告を聞くエルレーンの口から、ちいさなつぶやきが漏れた。
「嘘ではない…」
バット将軍は、静かに繰り返すだけだ。…彼もまた、有能な部下の死にショックを隠しきれず、暗い眼をしている。
「あ…」
がたがたとエルレーンの身体が震えだす。
事実が重く彼女にのしかかる。
一瞬、天地がぐにゃっと歪むような感覚。目の前が、真っ暗になった。
「…っっ!!」
はじかれたように司令室を駆け出すエルレーン。
バット将軍は一瞬そちらを見たが…また、沈痛な面持ちで目を閉じた。
エルレーンは走り抜けた。自分でも何故走っているか、わからないままに。
ただ、胸にある痛みを感じながら。
メカザウルス格納庫に飛び込んだエルレーンは、そのまま恐竜ジェット機に駆け込みエンジンをいきなり全開にした。
格納庫中に爆音が響き渡る。
突然のその激音に整備係の恐竜兵士が慌てて寄って来たが、エルレーンはそんな事にはかまわず、ジェット機を発進させた。
パイプを通り、火山口を裂き、ジェット機はあっという間に遥か高く飛翔する。
外は、闇。地上には夜が訪れていた。
エルレーンはどこへいくあてもなしに、ただ飛んでいた。
焦燥感だけが彼女を駆り立てている。
胸にある薄ぼんやりしたそのどす黒い塊が、だんだんとはっきり形をなし始めた。その不快感。
ジェット機がある地点に差し掛かったとき、エルレーンは胸が震えるのを感じた。
そこは、海際の土地にぽっかりと出来た、焼けた大地だった。
ある一点を中心として、50m四方の草が焼き払われ、なぎ払われ、吹き散らされた…円形の焼け野原。
何かが爆発炎上したかのようなその場所には、無数の鉄くず、そして今なおそのあちこちでくすぶりつづける黒煙が立ち上っている。
エルレーンはそのそばにジェット機を着陸させ、地面に降り立った。
嫌な匂いが鼻を突いた。焼け焦げる機械油の匂いと…鉄の匂い。死の匂い…
上空から見たその光景は、地上に立ってみてもなお変わらない。
よくみれば、彼女の周りにある鉄くずは何かの建物の残骸、溶け落ちた鉄塔、メカザウルスの装甲であったらしきもの、
メカザウルスの血肉のへばりついたサイボーグ部分であったりした。
周りを見回しながらその瓦礫の中を歩くエルレーンの目に、あるものが飛び込んできた。
それは、エルレーンの身長ほどもある剣。
爆発熱でやられたのか、剣は途中で多少ひずみ、柄や鞘などの装飾がぼろぼろになっていた。
美しい銀色の刃は、鈍い茶色に変色している。
それは、キャプテン・ルーガの剣だった。
エルレーンはその剣の前にかがみこみ、それを手に取る。
キャプテン・ルーガの背にいつも装備されていた剣。
鞘に結び付けられていた背負い紐の革紐は…途中で、焼ききれていた。
そして、全てが変えられない現実になったことをエルレーンは悟った。
「…うあぁあぁああああぁぁぁあぁぁぁぁあああああぁぁぁぁああぁぁぁ!!」
エルレーンの喉から絶叫が噴き出す。怒りと恐怖と、そして…悲しみに満ちた絶叫が。
「うわぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁっっっ!!」
不快な胸のどす黒い塊がはっきりと形を為した。そしてそれはエルレーンの心臓をわしづかみにする。
それは、「孤独」という感情だった。
「うぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあ!!」
その絶叫は止まらない。
涙が頬をつたって落ちていく。剣を抱きしめて泣く。泣き叫びつづける。
彼女の友人は、もう、この世の者ではないのだ。
草原をエルレーンの絶叫が切り裂く。だが、そのケモノのような叫びを、誰も聞くことは無かった。
「あっ、うあっ…あああぁぁああぁあっぁぁあああぁぁっぁぁああっっ!!」
その透明な瞳はかっと見開かれ、そこから涙が止まることなく流れ出す。
エルレーンは叫びつづけた。
孤独に震えながら。
怒りに震えながら。
恐怖に震えながら。
今は、もう、あの人が…「エルレーン」という、その名前を呼ぶことは無い。
名前をくれたあの人は、もういない。
戦う事を教えてくれたあの人は、もういない。
私の大切な友達は、もういない…!!
彼女の思いをそのまま音にしたような、悲痛な叫びが夜の闇に響く。
星も出ない、月も出ない、真っ暗な闇の中。
エルレーンは泣きつづけた。
親友の剣を、胸に抱いたまま…

…ずいぶん長い間、エルレーンは地に身を伏せ、すすり泣いていた。
やがて夜が明け、真っ白な朝日が大地を照らし出す。
青と朱のグラデーションを為す朝焼けの中、ようやく彼女は身を起こした。
もはや涙も枯れ果てた。頬に涙の跡が痛々しく残っている。
ゆっくりと立ち上がり、目を見開く…
そこには、今までに彼女には無かった、強い力が宿っていた。
どす黒い、復讐の闇が。


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