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der engere Freund des "Graf Dracula"(4)


その日は、唐突に訪れた。
ある昼下がり、その報告を受け取ったミヒャエル・ブロッケン大尉は、あまりのショックに一瞬意識を失いかけすらした。
とある戦場、その片隅に作られた野戦病院…
その病院目がけ、強力な焼夷弾が落とされたのだ。
野戦病院の屋根には、当たり前のように赤十字が大きく描かれていたはずだ。
それにもかかわらず、そこに爆弾は落とされた…
誤爆だろうが、故意だろうが、もはやそんなことは関係がなかった。
…少なくとも、その病院の中にいて、その爆発で吹っ飛ばされた者たちにとっては。




そして、
ミヒャエル・ブロッケン大尉の親友である、あの男もその中に入っていたのだ。




知らせを受け、野戦病院に駆けつけたミヒャエル。
…そこには、この世の地獄が広がっていた。
血の匂い。消毒液の匂い。医者と看護師の怒鳴り声。人いきれの熱。うめき声。苦悶の声。怨嗟の声―
それらがハーモニーを為すがごとく、急ごしらえのテントの中で、終わりもなく混ぜこぜに響き渡っている。
怪我人と死人のあいだを通り抜け、ミヒャエルはまっすぐに目指す…ベルントの寝かされている部屋へと。
「…!!」
その部屋に入り込んだ瞬間…ミヒャエルは、息を呑んだ。
簡素なベッドには、男が一人、寝かされていた。
白い布越しに形作られている彼の身体は、奇妙な形をしていた。
左腕のあるべき場所にふくらみはなく、その付け根に当たる部分で、すとん、とシーツが真下に落ちている。
そして左足のあるべき場所も、また同様。
一瞬、そのことに違和感を覚え…すぐに、はっと気づく。
今のベルントには、左腕と…そして、左足がないのだ。
「べ、ルント…」
「あ…」
人の気配に反応したのか…ベッドに寝かされていた男が、顔だけをゆっくりとこちらに向けてきた。
顔の左半分には、包帯が巻かれているが…それは、確かにベルントの顔だった。
「ドラクゥラ…きて、くれたのか」
「…しゃ、しゃべるな、ベルント…傷に触る」
唇を動かすだけでも痛みが走るのか、ベルントはそのたびに軽く顔をしかめている。
いつも太陽のような笑みの輝く彼の表情は、暗い影に支配されていた。
その表情が、そしてそんな状況にもかかわらず、自分に笑顔を向けようとするベルントが痛々しく…思わず、ミヒャエルはそう口走っていた。
「え、えへへ…な、なぁんか、よく、わかんないけど…お、俺、怪我しちゃったみたい…」
「あ、ああ…」
「びっくり、だぜぇ…仕事しててさあ、ちょっとせんせーと話してたら、さあ…いきなり、どっかあああん、だもんな…」
「…」
…何と、言うことだろう。
こんな時にも、ベルントは笑おうとするのだ…
笑わせようとするのだ、周りの者を。
自分の陥った悲運を茶化して語る彼の姿が、半身を焼かれた親友の姿が、ミヒャエルの網膜に映る…
不覚にも、涙がこぼれそうになった。だが、それだけは必死でこらえた。
…泣きたいのはお前じゃないだろう、こいつのほうなのだから…!
と…今まで、必死で笑みを作っていたベルント、その表情がにわかに真面目なものになる。
「な、なあ、ドラちゃん…」
「何だ?」
「オットーや、ヨアヒム、カールたちは…お、俺の部下たちは、ど、どうなったんだ…?!」
「!…あ、ああ、あいつらのことか?」
部下を案ずるベルントの必死の問いかけに、ミヒャエルは…あえて、明るい口調を装って、はっきりこう答えてやった。
「も、もちろん、無事だ!…向こうで、怪我の手当てを受けているはずだ」
「…よかった」
ミヒャエルの言葉に、ベルントの表情がゆるむ。
しかし、そんな彼を見つめるミヒャエルの微笑…それは、確かにひきつっている。
ひきつっている。嘘と欺瞞を押し隠そうとしたが故に。
物資の搬入作業をしていた彼の部下は、倉庫で作業をしていたという。
…飛行機から落とされたその焼夷弾が着弾した、まさにその真下で―
だが、それを今のベルントに告げることに、一体何の益があろう?
ミヒャエルは、懸命に表情を取り繕う。
そのことを、ベルントに悟られまいとして…
…二人の会話が、途切れた。
ベルントは、天井を見上げている…ぼんやりと、澱んだ瞳で。
ミヒャエルは、そんなベルントを見つめる。
言葉の接ぎ穂を、それ以上何ら見つけ得ないまま。
変わり果てた親友の姿に、どうしようもないショックを隠しきれないまま…
空白の時間が、しばし流れた。
それから、どれくらいの時間がたったことだろう…
唐突に、ベルントが…再び、口を開いた。




「…ああー、」
開かれた唇から、絶望で濁った吐息が放たれる。
ベルントの瞳が、震えた―
「死にたく、ねぇなあ…!」
「…!」




途端、ベルントの瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
ざあっ、と、彼の瞳が恐れでいっぱいになる…
「死にたくねぇ…死にたくねぇよ、ドラクゥラ…!」
「べ、ベルント…!」
「俺、こんなところで終わっちまうのかよぉお…?!俺、こんな、こんなことで…!」
身体をよじらせ、喉の奥から搾り出すようにして、死への恐怖を叫ぶ。
ベルントの豹変に動揺したミヒャエルは、ともかく彼を落ち着けようとするが…
涙を流しながら叫ぶベルントは、今にもベッドから無理やり這いずりでんとしそうな勢いだ。
何とかそれを身体中で押さえ、正気を取り戻させようと必死に彼に呼びかける。
「そ、そんなことはないッ、ベルント!」
「死にたくない…ダニエラ、ダニエラ、…ッ!」
「…!」
ミヒャエルの制止にもかかわらず、動転して暴れ続けるベルント…
その泣き叫ぶベルントの唇から出たのは、彼の最愛の女(ひと)の「名前」だった…!
「ドラクゥラ…会いたい、俺、ダニエラに…あ、会いたいよぉッ」
「あ…会えるに決まってるだろ?!馬鹿野郎!何を弱気な…ッ」
「畜生…何で、何でだ?!ダニエラあっ、何処にいるんだ…?!」
「ベルント!ダニエラはここにはいない!ダニエラは…」
「ダニエラ…うああああ、ッ、っぐふうっ…!」
「…!」
錯乱し泣きわめき、いとしい女(ひと)の「名前」を呼び続けるベルント。
迫り来る死に際し、涙し―そして、最愛の者の「名前」を呼び続ける…!
その姿が、ミヒャエルの中の何かを揺り動かした。




ああ、畜生ッ、…これじゃ、これじゃ!
…あの女と、あいつとまったく同じじゃないか!!




「!」
ベルントの慟哭が、その瞬間…止まった。
ミヒャエルが、自分の右手を握り締めたのだ…とてつもなく、強い力で。
爪が立つほどに、強く強く…
ぽたり、ぽたり、と、何かがベッドの上に滴り落ちてきた。
ミヒャエルの頬をつたい、流れ落ちてくる透明な水…
涙を流しながら、ベルントの右手を痛いほど握り締めながら、ミヒャエルは…親友に向かい、叱りつけるかのように、こう叫んだ。
「…馬鹿野郎!泣くんじゃない!…お前が、生きのびて!もう一度ダニエラのいる場所へ帰るんだ!」
「…!」
「そうだ、ベルント!生きるんだ!そうして、ダニエラに会うんだ!」
ミヒャエルは、両手に力を込めた。ベルントの右手を、しっかりと握りしめる。
ベルントは、呆けたような顔で…親友の、「ドラキュラ伯爵」の泣き顔を見つめている。
彼は、涙を流しながらも、真剣な瞳で自分を見返してきた…
握り締められた手から、ミヒャエルの熱を感じる。彼の思いが、そこから流れ込む―
「…は、はは、そっかあ…お、俺が、会いにいけば、いいんだ…!」
「そうだ…!」
ベルントは、弱々しいながら、確かに笑顔らしき表情を垣間見せた。
ミヒャエルも、笑って応じる。何度も何度も、うなずく。
「そ、そうしたら…今度は、焦げてない、ケーゼクーヘン…焼いてもらうよ、お前のために」
「ああ、ああ…!」
「ドラクゥラ、お前も。いっしょに、来るよな…?」
「ああ、もちろんだ…謹んで、招待を受けるぞ」
「…はは」
乾いた笑いが、ベルントの喉からもれた…
ミヒャエルの手を握り締めるベルントの手から、力がすとん、と抜けた。
ゆったりと、ベッドの上で休らうベルント…
彼の瞳に、かすかな光が燃えた。
それは、確かな希望の色を帯びていた。
「そう、だよな…」
「…」
「こんな簡単に死んじゃ、いけねえよなあ…!」
「…そうだ、当たり前だ」
「ああ…うん、わかった…」
小さな、か細い声で…彼は、こくり、とうなずいた。
親の言いつけに素直に従う、子どものように…
ベルントの唇が、動いた。
「ドラクゥラ、お前も…」
「ん…?」
「お前も、…簡単には、死ぬなよ」
「…!」
「俺も、がんばるから…お前も、それまで…死ぬなよ。
そーして、また…いっしょに、遊ぼう…?」
「…ああ、もちろんだ…!」
ミヒャエルは、笑ってうなずいた。
ベルントも、笑った。
握った手から、確かに感じる…彼の血が通う、あたたかさを。
生きている者の、あたたかさを。
「…ああ…」
深い、ため息。
ベルントは、静かに微笑んでいる。
それはきっと、あの女が…ミヒャエルの愛した女が、死の床で浮かべていただろうものと、同じ類の微笑なのだろう…
「きっとすぐに帰るよ、ダニエラ」
とても綺麗な笑顔で、それだけつぶやいて―ベルントは、瞳を閉じた。
疲れきってしまったのか、そのまま眠りについてしまったベルント…
ミヒャエルは、彼のそばに立ち尽くす。
砕けた彼の身体を、包帯の巻かれた彼の顔を見つめるミヒャエルの瞳に、怒りの炎が燃えた。
こころやさしいこの男を襲った、あまりに理不尽な運命に―!




…畜生!
彼は、こころの中で絶叫した。




そして、それに続く言葉。
おかしなことに、それは―
かつて彼が見限った、彼のいとしい女(ひと)を救わなかった、あの神への祈りだった…!
例え、そのような残酷な神であろうとも。
もしも、この親友の命を救ってくれるというのなら、と―!




ああッ、畜生…腐れ外道の、ろくでなしの…天にまします我らが神よ!
かつてあんたを見限った俺だが、もう一度俺はあんたに祈る!
神よ!あんたは…俺の最愛の女を奪い、それでも飽き足らないのか?!
あんたは、俺のたった一人の親友すら奪っていくというのか?!
神よ!あんたの目は節穴なのか?!
残虐に人を殺す俺と、無心に人を助けるこいつ!
先に殺すべきはどちらか、先に罰を与えるべきはどちらか…
そんなことすら見誤るくらい、あんたはもうろくしているのかよ?!
…ああ、だから、神よ!こいつを救ってくれ!
こいつは、俺の―たった一人の親友なんだ!





ミヒャエルは、祈った。ただただ、一心不乱に祈った。
彼は、ベルントのベッドを離れようとはせず、その傍らで…ずっと、祈り続けていた。
日が落ち、夜になり、星がめぐっても…それでも、彼は祈り続けた。












彼の祈りは、聞き入れられなかった。












闇が薄れ、瞳を刺すようなきらめく太陽の輝きが再び空に満ちても―
ベルント・レーマン大尉は、もはや目を開くことは無かった。
心臓の脈動を止めた肉体は、着実に…ただの肉塊へと変わっていく。
衛生兵が、冷たく強張った彼の身体をベッドから運び出すのを、ミヒャエルは物も言わず見送った。
そうして、誰もいなくなったベッド。
そのそばに呆然と立ち尽くすミヒャエルの瞳に、ゆらり、と揺らめいたモノがあった。




それは、絶望と怒りを糧に燃え続ける、暗い、暗い、暗い、闇の焔だった。




…ああ。
よくわかったよ、神様。




吐き捨てた。
「人間」である己の身が造り出せる、精一杯の、限界の、全力の―悪意をそこにぶち込んで。




あんたは、どうしようもなくボケてて信用のならない、何も見ちゃいない、何もわかっちゃいない…
とんでもないもうろくジジイだってことがな!

あんたは、何も見ちゃいなかったんだ!
畜生、そうでないなら!…あんたは、何故ラウラを、そしてベルントを殺したんだ!
あんなに清らかで美しかった、あの女を!
あんなにやさしくて誠実だった、あの男を!
何故、あいつらが先に死なねばならない?!何故、この世から去らねばならないんだ?!
畜生、そのくせ―俺のような、一番最初に殺すべき罪深き男を、何故あんたは殺さないんだ?!

…ああ、畜生ッ!
畜生、それなら、俺は…俺は、生きのびてやる!
俺は、生きのびてやる…そして、あんたの造った、この薄汚れて矛盾だらけの世界を、みんなみんな焼き尽くしてやる!
あんたは、その光景を歯噛みしながら見ているがいい!
そうだ、あんたは見ていることしか出来ないんだ―
何事かが出来るくらいなら、あんたはあいつらを救ってやるべきだったんだからなあッ!!





「…〜〜ッッ!」
ミヒャエルの肩が震えている。
硬く硬く握られた拳は、その怒りを叩きつけ殴り倒す相手を見つけえぬままでいる。
歯を喰いしばり、必死に嗚咽をかみ殺す。
しかし―無理やり押さえ込まれた感情は、行き場を失って暴走し、荒れ狂った。
その奔流はとうとう涙となり、彼の両の瞳から吹き出す―





残虐非道、悪辣非情、冷酷無比な鬼将校、ミヒャエル・ブロッケン大尉は…
「ドラキュラ伯爵」は、全身を震わせて絶叫した。










そして―










彼は、なおさらに…簡単に死ぬことを、許されなくなった。