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"Farewells to the Baron"
〜彼の男爵に向けて、弔いの言葉代わりに〜


その日、一人の「人間」が死んだ。
己の宿敵に全てを捨てて立ち向かい、だが結局地獄に送ることも出来ぬまま、この世を去った。

蒼天から太陽が去り、夜闇の帳が降りていく。
昨日と同じ…そう、彼もこのような星空を見上げていたのだろう…美しい綺羅星の輝く夜がやってきた。





ぐらり、と視界が歪んだ。同時に、目眩のような感覚が頭部を覆っていく。
わかっている、酒があまりに過ぎるのだ。酔うた脳髄が悲鳴をあげているのだ。
だが、それでも―杯を重ねずにはいられない。
飲んでも飲んでも何にもならない。
それでも、ヘルは酒を飲み続けている。
アルコールが自分の意識を鈍らせれば、少しは楽でいられるから。
あ奴は、愚かだった。無能だった。短慮だった。
いくら強力な機械獣を与えても、あ奴の愚劣な采配によって、それらはことごとく鉄屑に変えられてしまった。
失策を重ね、敗退を重ね、生き恥を重ねてきた。
当然のことながら、それは自分を激怒させた。
どれほど自分が苦慮して機械獣の開発に刻苦しても、結局は―あしゅらの愚かさによって、全ては灰燼に帰すのだから。
あまりの無能さに、殺してしまおうと思ったことも一度や二度ではない。
だが、そのたびに踏みとどまってきた。
許しと再戦のチャンスを乞うる奴の姿は、自分に憐憫の情を起こさせるには十分なほど、哀れなものだった。
しかし、あ奴の愚昧さは、とうとう―自分の我慢の限界を超えるほどの大失敗を生み出した。
ブロッケン伯爵より引き継いだ作戦…ほぼ成功しかけていた作戦を、奴は一転、負け戦に変えた。
挙句の果てに、基地である地獄城まで破壊した。
もはや、殺そうという気すら起きなかった。あまりに馬鹿馬鹿しすぎて。
生きるも死ぬも、勝手にやればいいと思った。
すでに自分の中では、どうでもよかった―あしゅらがどうなろうと、知ったことではない、と。

そうして、あしゅら男爵は…地獄城を離れ―マジンガーZに立ち向かい、死んでいった。
自分を頼ることも出来ず、ゴーゴン大公より妖機械獣を借り受けて―

「…」
…もし、あ奴が…あの時、最後の戦いのチャンスを懇願してきたとしたら。
そして、自分が、それに応えていたら…?!
しかし…悔やんでも、今さらだ。
あしゅら男爵は、死んでしまった。
自分の部下は、あの愚かで無能で短慮な人造人間は…もう、いないのだ。
だが、もはや自分には何もしてやることは出来ない。
そう、今はもう―
ともかく、苦しくて仕方がないのだ。悔しくて、仕方がないのだ。
哀しくて、仕方がないのだ…
グラスを持つ手が、震えているのがわかる。
美味いとも何とも思えぬままに、それでもヘルは酒を喉に流し込む。
かあっ、と、熱が身体の中を焼いていく。
息をついた途端、また両目から勝手に涙が吹き出した―
声にならぬ嗚咽を押し殺しながら、それでも彼は酒を飲み続けた。
声を一旦出してしまえば、
酒を飲むのをやめてしまえば、
おそらく、自分は号泣してしまうだろう―
それがわかっているから、彼は酒を飲み続ける。
暗く、陰気で、誰もいない―冷たい玉座。
Dr.ヘルは、酒を飲み続けている。苦痛以外に感じることもなく、ただただ、酒を―





地獄島のまわりを取り囲む海は、相も変わらずざあざあと唸るように凪いでいる。
「…やはり、貴様は『おっちょこちょい』の『間抜け』だったな」
そんな海を、見るとはなしに見つめていた彼の口からは、彼があしゅら男爵と初めて対面した時に吐き捨てた罵倒の言葉…それと同じモノが、自然に滑り出てきた。
ブロッケン伯爵。
己の首を抱えた貴族将校は、一人岸壁に立ち、打ち寄せる波音の中に在る。
しかし、上っ面の言葉のきつさに反し、そうつぶやく彼の口調は…何処か、哀切の響きを漂わせていた。
思えば、奇妙なことだ。
自分と奴は、犬猿の仲であったはずだった。
あしゅらの力量など一度たりとも認めることは出来なかったし、奴はのろまなおっちょこちょいでしかないと心底思っていた。
そして、彼奴もそのように嘲る自分に対し、敵意と反感を持って向かっていた。
だからこそ、自分たちは今までまったく打ち解けることもなしに、覇を競い合っていたのだ。
お互い、鉄十字軍団・鉄仮面軍団の指揮官という立場にあって。
…だが、どうしたことだ?
「寂しい」わけではない。それだけは、決してない。
だが…何か、「空虚」なのだ。
あの阿呆の面…そう、あの男と女の顔が同居した、奇妙極まりない奇天烈な面も、もう見ることはない。
あの顔が自分の前で怒りに紅潮したり、不遜な笑みを浮かべて見せたり、哀れな泣き顔に変わることは、もはやない。
…あの間抜けは、幸福だったのだろうか。
幸福だったのだろうか、その死んでいくさなかに?
Dr.ヘルに与えられた二度目の生が終わる時、奴はどんな光景を見ていたのだろう?
問いかけたところで「答え」の返らぬ疑問を、彼はふと思った。
あしゅらが行っただろう道は、やがて自分も行くだろう道であることにも気づいていた。
刹那、ブロッケン伯爵の脳裏に、最後に見たあしゅら男爵の表情がよぎった。
憎しみとやるせなさ、怒りと屈辱に彩られたその男女半々の顔が、何故か今になって鮮やかに思い出せる。
「Dr.ヘルに伝えてもらおう、後悔するな、とな」
それだけの言葉を残し、奴は地獄城から姿を消した。
そうして、その結果が―あのザマだ。

格好ばかりつけおって。
…死んでしまえば、何もならんではないか…!

その言葉は、ブロッケンの胸の中だけで発された。
口に出すには、あまりに自分らしくない言葉だったので―

あの間抜けは、己のいのちを捨てて、勝利を得ようとした。
…まったく、それが阿呆だというのだ。
例えそれで「敵」を倒し「英雄」になったところで、死んでしまってどうなるというのだ!
…それでは、その栄光を自慢することも出来ないし、我輩を嘲笑うことも出来ないではないか。
お前は、何のために死んだのだ…?!
その挙句…肝心の兜甲児とマジンガーZ、光子力研究所は、結局倒すことが出来なかったのだから!

「ふん…あの世で悔しがるがいい、あしゅら」
ブロッケン伯爵は、闇夜に向かい…吐き捨てるように、こう毒づいてみせた。
だが、彼を貶めるほどの悪意のこもらないその言葉は、むしろ彼への誓いの言葉であった。
彼が果たせなかった宿願を、自らが果たしてみせるという…
「あの悪運の強い小童、兜甲児とマジンガーZは…必ず、この我輩が地獄に送ってやる。
…貴様への、手向け代わりにな…」





綺羅星たちが、音もなくさざめいた。
色濃く澱んでいく夜の闇を照らす綺羅星。
束の間の、ほんの束の間の輝きを、あの男爵に与えた綺羅星。
彼は星々に願った。その輝きを自らに与えよ、と。
…過去、現在、未来に続く、永遠の星は…確かに、彼の願いを聞き入れた。
彼を見つめていた、Dr.ヘルのあの冷たい目。
彼を見つめていた、ブロッケン伯爵のあの蔑みの目。
それらを炎と打ち砕く栄光の輝きを、星々は彼に与えたのだ―
たった一瞬の栄光、その引き換えに…彼の生命の息吹を奪い去って。





ああ、彼は、あしゅら男爵は―
自らの身を犠牲にして、散華した。
その捨て身の行動は、結局…あの鉄の城を落とすことは出来なかった。
しかし―それは、打ち砕いた。
彼の「仲間」たちのまなざしを、打ち砕いた…





Dr.ヘルは思う。あしゅらを思い、泣き伏している。

ブロッケン伯爵は思う。あしゅらを思い、新たな闘志を燃やす。










やがて、朝がやってくる。





そうして、彼の者が姿を消したこの世界で―
なおも、彼らの戦いは続いていくのだ。