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異聞「闘え!!Dr.ヘル!」について


「マジンガーZ」マンガ版には、いくつかのバージョンがあります。
私が所有しているのは、本家本元「永井豪」バージョン、そして…「桜多吾作」バージョンです。
個人的な好みから行くと、私は桜多版のほうが好きです。
そして、その桜多版には…「闘え!!Dr.ヘル!(たたかえ!!どくたーへる!)」という
Dr.ヘルの半生を描いた章があるのです。
公式設定ではないらしいのですが、とても興味深いものがあるので…ご紹介いたします。

この物語は、地獄城で機械獣の組み立て過程を見ているヘル、そのシーンから始まる。
前話「マジンガーZ対暗黒大将軍」によって、マジンガーは大破といっていいほどの損害を受けた。
つまり、それは…Dr.ヘルにとって、千載一遇の好機。
もはや彼の勝利、そしてその夢の成就…世界征服は、もう手の届くところにある。
前祝いの酒が回ったのか…ヘルは昔話を始めた。
彼は語り始める…部下であるブロッケン伯爵とピグマン子爵を前に。
それは、彼の半生の物語だった。

1902年9月6日、ドイツはライン地方に彼は生まれた。
彼の両親は平凡な市民であった。
しかし、ヘルは生まれながらにして神童であった。
それは、まさに天賦。輝かしい祝福を、天は彼に与えたもうたのだ。
だが…ヘルの人生は、そのスタートの時点から、悲劇的な色を帯びていた。
ヘルの母親たる女は、彼を放り出して邪険に扱う。
そして、彼女が言うことには:
「よしとくれよ あんなヒネたガキ 生みたくて生んだんじゃないんだから
まったくもうイケスかねえ顔して ああ いやだいやだ
どっかでおっちんでくれないんかね」

…母親からもこの扱い。
だが、家から抜け出た彼にとって、街がやさしい場所だったかというと…そうではなかった。
すれちがった子供は彼に石つぶてを投げる。
そう、彼は壮絶ないじめを受けていたのだ。
思わずピグマン子爵ももらい泣き…

しかし、彼には才能があった。常人をはるかに上回る、天賦の才が。

「すくったのは(?)文部省より配布された一冊の教科書だった」

彼は小学校に上がるころには、すでにほとんどのことを学ばずに知っていた。
当然ながら、テストも100点。
学校社会において、勉学の分野で優れるということは、人気や信頼を勝ち得る一つの方法である…
まわりの子どもたちからの賞賛に、顔を赤らめるヘル。
ああ、だが―

教師「ヘル君 先生はちっともうれしくないよ」
ヘル「えっ」
教師「カンニングなんかすんなってんだよ」
教師「てめーみたいな貧乏人にこんな高尚な問題がわかってたまるか!
先生は何もかもお見通しだぞ」


な、なんじゃそりゃあ!
大体、カンニングの摘発をこんなクラスの生徒がいる前でやっている時点で貴様は教師として異常だ!
そしてその根拠が「貧乏人だから」って、この野郎…!!
経済的状況とダイレクトに結びつけるな成績なんてもんを!
貴様は阿呆か!いや、むしろ貴様が阿呆だ!

教師からの激しい罵倒…いや、いいがかりは、クラスメイトからの賞賛の声を侮蔑の声に変えた。
こうして、せっかくの復権の場も奪われたヘル…彼は孤独の泥濘の中に埋没していくことになる。
狂ったように勉強に打ち込み、小学校を卒業するころには
すでに天才の名をほしいままにしていた。
だが、相変わらずに彼は孤独であった。
「自分は大天才なんだ あんなやつらとつきあってはいけない」と思うことで
そのさみしさを打ち消していた。

しかし、1920年。
奨学金で大学に進んだヘルに、ある出会いが訪れた。

日本からの奨学生、ゆみこ。
若きヘルは、彼女に恋をしたのだ。

ヘルは何とか彼女に恋心を打ち明けようとするが、
それはいつもうまくいかない。
ちょうどいいところであらわれ、彼女を連れて行ってしまう、うっとうしい、憎い男…
彼女と同じ国から来た一人の留学生。
その男の名前は、兜十蔵といった。

勇気を出したヘルは、彼女に勉強を教えることを申し出る。
すると、その縁で、あれだけ憎んでいた兜とも仲良くなった。
こうして、ゆみこに勉強を教えたり、兜にアドバイスをしたり…
そんな、「友人」のいる生活がヘルに訪れた。
それはきっと、今までの人生で初めての経験…
ヘルは得意の絶頂に陥り、幸福な時間を過ごす。
(ちなみに、ここで「さすがヤーパン(日本人)」とヘルは言っているのだが…ドイツ語で「ヤーパン」「日本」である。
「日本人」なら、「ヤパーナー(男)」「ヤパーネリン(女)」と言わなきゃならんぞ、ヘル(ドイツ人)!)

たぶん、この時が彼の人生の中で一番幸福だったときではないだろうか―
自分を認めてくれる人がある。
哀しいことだが、そういう状況は今まで彼の生涯の中になかったのだ。

だから彼にはわからない。
彼女のそぶりから読み取ることが出来ない。
彼の行動から読み取ることが出来ない。
彼には、人と親しく交わるという経験がなかったのだから―
彼は、優れた頭脳を持ちながら、彼らのこころを慮ることができなかったのだ。
彼女がヘルに寄せているのは、単なる「友情」…男女の恋愛感情の入り混じらぬ、透明なものであったことを。

そうして、破滅の時。
いや、兜たちにとっては何の問題もなかっただろう、
ただ単に「あっ、バレちゃったか!」ってな程度で。

だが、ヘルにはそれはまさしく破滅そのもの。


ゆみこは、兜の恋人だったのだ―
それも、日本にいた時からの!


愛した女は自分の友の恋人である―そして、自分はそれを知らなかっただけ。
だったら、彼女を恋うた自分はどうすべきか?
あきらめるのか、はたまた友に戦いを挑むのか…

ヘルは、あきらめる道を選んだ。
戦いを挑んで彼女を奪い取る道を選べるほど、彼は強くなかった。
だから、彼はゆみこを「ばかな女だ」と言って、自分を納得させようとする―
自分の偉大さがわからない、「ばかな女」だと。

しかし、彼の哀れさはさらに極地に達する。
なんと、ヘルは試験でトップの座を奪われてしまったのだ―兜に!
今まで勉強でしか己のプライドを保てなかった男、その男のプライドは粉々に砕け散った。

だが、それよりも何よりも。
狭量で、醜く、ねじくれていた彼の精神が、これを兜の陰謀と取ってしまったのだ。
つまり、ゆみこを自分に近づけ、自分を幻惑させ、勉学から遠ざけてしまおうという兜の陰謀…
卑怯な論理付けはヘルに大義名分を与え、自己弁護の一端とさせる。
己の弱さを直視できない脆弱で幼いヘルの精神は、彼に銃を握らせた―
そして、彼は兜に向かって銃口を向けてしまう。
周りからの制止もあり、大事にこそ至らなかったが…
しかし、この事件が結果的に、彼にとって唯一の友を失う結果となる。
呆然とした顔つきで凶行に走ったヘルを見つめる兜―
彼の視線を真っ向から受け止めることも出来ず、ヘルは彼と決別した。

そして、唯一の理解者を失ったヘルは、ますます学問の深みへともぐりこんでいった。
学問は彼を否定しない。増えて絡みあった知識は剣となり、彼の武器となる。
そこでは彼は無力ではない。
孤独ではあるけれども。
そうして、孤独の中…彼の精神はなおも歪んでいく。

ドイツが時代の大河の中、ある一人の男の手に落ちる―
アドルフ・ヒトラー。
彼の手の中に落ちたドイツ…そこで、ヘルはナチスの殺人兵器研究所で開発者として働いていた。
その胸のうちに、ヒトラーの夢を自分の夢と化して、隠し持って―
彼は、そこでめざましい研究成果を挙げていたが、自分の研究をすべて発表することはなかった。
何故なら、それらは―自分の夢を達成するために必要なモノだからだ。
そうして、ドイツは敗戦した…
その研究過程の中、ヘルは一人の男をサイボーグ化し、よみがえらせたこともある。
鬼将軍と恐れられた、その瀕死の男の名は…ブロッケン伯爵

国際科学アカデミーから届いた、バードス島遺跡調査団加盟依頼
これが、彼の運命を大きく動かした。
彼は、バードス島の伝説…
「古代ミケーネ人は『胸から火を吐く巨人』をつかって敵を追い払った」と言う言い伝えに対し
「ロボットではないか」という仮説を立てる。
そこで、早速彼は調査団に加わった…
だが、何と言うことであろうか。
その調査団には、あの兜十蔵も参加していたのだ!
まったくの笑顔で、「ひさしぶりだな…何年ぶりだろう」と声をかけてきた十蔵。
そんな彼に対し、ヘルの胸中に去来したものは、果たして何であっただろうか…
「何となくいやな予感がした」と彼が言っているように、
十蔵の出現は、ヘルの計画にいちじるしい汚点を刻み込むことになる。
そして、仕事もせずに秘密の調査を続けたヘルの前に…とうとう、それは姿をあらわした。
古代ミケーネの恐るべき遺産…巨大なロボットたち!
早速ヘルはそれらにリモコン装置をつけ、調査団のメンバーを皆殺しにする。
…たった一人の、そして最も重要な男以外。
…兜十蔵!
何たる失策か、ヘルは彼を取り逃がしてしまったのだ!
しかし、ヘルはそのことをさほど気にも留めなかった―
「一人で何が出来る」と。
ともかく、ミケーネの巨人という強大な力は、すでに自分の手中にあるのだから…

が、彼の野望はいきなり頓挫する。
その原因は、ものすごく現実的なことだが…だった。
ミケーネの巨人を見つけたのはいいのだが、それを改造する費用がない。
さすがの天才ヘルも、この問題にはお手上げだった。

しかし、そんな彼を救ったのは…かつて、彼自身がそのいのちを救った男だった。
ブロッケン伯爵。
彼はその強靭なるサイボーグ体をフルに生かし、巨大なシンジケート組織「ユニオンコルズ」を乗っ取ったのだ!
ヘルはその膨大な金と人を手に入れることが出来た。
彼は早速バードス島改造工事に着手、広大な地下帝国を作り上げる。
また、その過程で発掘された男女のミイラを利用し、新たなる部下・あしゅら男爵を作った―

だが、その彼の道をふさぐのは…またしても、兜十蔵
だが、彼の発見したジャパニウムによる光子力エネルギー生成…
そして超合金Zは、ヘルの世界征服の大いなる力になる。
彼は十蔵をとうとうこの世から抹殺することに成功する―
ああ、だが、しかし。
その遺産・マジンガーZ、そして孫である兜甲児という「敵」が
ヘルの前に立ちふさがることになったのだ。

しかし、そのマジンガーZももはや瀕死。
そう、彼の夢・世界征服を阻むものはもうないのだ―!

そして、この話のラストは、このようなナレイションで締めくくられるのだ。

<Dr.ヘルはまたも挑戦する
幼少を そして青年期につめたいしうちを続けた人々をのろい…
今 全人類を足元にひれふさせんがために
その人生のすべてをかけて…


がんばれ Dr.ヘル
たたかえ Dr.ヘル
勝利は目の前だ>


…とまあ、このように、桜多版マジンガーZで語られるこのDr.ヘルの物語、
いろんな意味で胸が痛いです。
また、スーツとマシンガンで大暴れする超カッコいいブロッケン伯爵の活躍っぷり、
はたまたヘルの秘密基地大解剖図など(なんと鉄十字軍の「女子寮」が基地内に存在している!)もあり
みどころいっぱいです。
またこの話に限らず、あしゅら男爵と兜甲児が協力するシーンのある話や、
あしゅら男爵の離反、ブロッケン伯爵の壮烈な最期(やっぱりカッコイイ)など、
桜多版マジンガーZは一見の価値アリだと思います。本当に。