Now you are in the Website Frau Yudouhu's "Gag and I."
TOPゆどうふ企画室>vsゆどうふ 第十五試合


vsゆどうふ 第十五試合 <vsタナトス>


タナトス
ジーグムンド・フロイトの用語…
自己破壊に向かう、死への欲動…安息の死を求める本能。
時折このタナトスが、我々に静かにささやきかけてくる。
「来い」と。
安住の地へいざなうその声。
それをとどめるのは、やはり人類の英知なのだろうか―

私は、高いところが嫌いだ。
怖いからだ。
もともと子供時分から鉄筋アパートに住んでいたものの、
三階部分に住んでいたため
それ以上の高さになると、かなりの恐怖を感じる。
…しかし。
私が高いところが嫌いなのは、それだけが理由ではない。

ある日、ベランダにでた私は洗濯物を取り込んでいた。
現在私は、七階のマンション、その最上階に住んでいる。
七階に吹く風はとても強い。洗濯物など、すぐ乾いてしまう。
「…とっ」
…油断した。
私の手につかんでいたはずの洗濯物が、その強い風にあおられ、ぱっと空に浮かんだ。
まずい…その刹那、私の身体はそれをつかむために伸び上がる。
そして、多少ベランダの手すりがわによろけながらも…再びそれをつかんだ。
だが、バランスを崩した際に…見てしまった。
遠い地面。広がる空間。
軽い圧迫感。

どくっ、と心臓が強く拍動した。

その時、わずかの…ほんのわずかの間、
数分の一秒ほどの間だが、
また私は感じてしまった。
あの声を。

来い。
こちらへ来い。

だが、幸運なことに私の生存本能が警鐘を派手に鳴らす。
全身に回る高所への恐怖。
慌てて私は手すりから身を引く。

…もちろん、本当に落ちるほど危なかったわけではないが。
まだ心臓がどきどきしている。
だが、また感じてしまった…そのことが私を憂鬱にさせる。
肌を這い上がってくるあの感触。
囁きかけるのは、おそらく…

ああ。
来い。
そうすれば、わずらわしいモノなど何ひとつなくなる。
平安。安息。絶対の安定。

私はぎりっ、と歯を噛み締め、
頭を振って気を取り直す。
…だから、高いところは嫌いなんだ。
油断すると、すぐ奴が呼びかけてくる―

そんな誘惑には、まだ乗るわけには行かない。
私はまだこの世界にも、自分にも絶望などしていやしないのだから。

ああ、だが奴は…タナトスは、
あいもかわらず私たちに付きまとう、
生ある限り、波乱も苦痛もそこにはあるから。
その苦しみから逃れるため、こちらに来いと呼びかけてくる。

だが、私はきっとこれからも拒絶しつづけるだろう、
タナトスの呼び声を。
私が生きている限り、その声は―まぎれもなく、私の「敵」だ。

何故なら、「人間」は―
死ねば、そこで終わりだからだ。

だから、タナトスは詐欺師。
そんな者の言うことになど、耳を傾けるべきではないのだ。