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主将と子鬼のものがたり(5)


蒼牙鬼に与えられた研究室。
立ち並ぶモニター群には、連綿と続くプログラム。
ゆったりとした肘掛け椅子に、ちょこなん、と座っている、小柄な少女。
けれどもこの部屋の主は今、作業をするでもなく…ぼうっと、夢想に耽っている。
「蒼牙鬼や」
いつの間にか、コンソールを操作する手が止まっている。
少女の蒼い目は、虚空をぼんやりと漂ったまま。
思考にゆらめくのは、あの怨敵の事。
「蒼牙鬼」
もうそろそろ朝が来る。そうしたら、また行かなければ。
もうすぐイッカイセンだから、あいつも一生懸命練習してる…
あいつはアレだな、馬鹿力だから、きっとダゲキレンシュウでほーむらんを打つ練習をするんだろう。
ほーむらんは、塁にたくさんソウシャがいたらいっぱい得点になるからな…
「おおい、蒼牙鬼!返事くらいしておくれ」
「?!…ぐ、グラー博士、ごめんなさいなのだ!」
突如。
空想の世界に苛立ち半ばの声が割り込んできた。
驚きのあまり飛び跳ねる蒼牙鬼が振り向くと、そこにはグラー博士が立っていた…
幾度呼びかけても答えない自分に痺れを切らしたのか、少しばかり苦々しい表情で。
「一体どうしたんじゃ、最近のお前は…いつでもぼんやりして」
「な、何でもない…」
「それに、最近人間どもの街にやたらと『偵察』に行っておるようじゃが?」
そう言うグラーの口調には、呆れ混じりながらも確かに少女に対する憂慮の色。
齢を経たこの老博士にとっては、彼女や地虫鬼はまるで孫同然。
それ故に、近頃様子のおかしい蒼牙鬼に気をもんでいるのであるが…
「そ、そ、そ、それは、あの、…」
「…まあ、あまり危険なことはせんでくれよ。心配で仕方がない」
「…」
しかし、それを問われると蒼牙鬼はもにょもにょとなってろくに理由も説明できない。
グラー博士は、彼女のそんな態度にいぶかしんではいるものの…深くは詰めずに、本題に入った。
「それより、メカ戦鬼蜂のプログラミングじゃが…」
メカ戦鬼蜂。
それがこの数ヶ月、百鬼帝国海底研究所が総力を挙げて開発を続けてきた、新機軸の百鬼メカロボットの名だった。
あの憎きゲッターチーム、ゲッターロボGを倒すため、今まで何人もの勇士たちが百鬼メカに搭乗し、そして散っていった。
それはすなわち、有能な戦闘集団である百鬼百人衆の弱体化に直結する…
彼らの損失を防ぎ、なおかつ攻撃に有用たる手段が必要とされた。
そのために考案されたのが、メカ戦鬼蜂…「完全コンピュータ制御の百鬼メカロボット」である。
だが、それが普通の遠隔操作ロボットと同じでは困る。
単純な操作ではなく、まるで有人操作がごとくに緻密でその場の状況をも加味して動けるような人工知能…
熟練のパイロット達に比類するほどの戦闘力を備えるために求められるのは、高い高い水準だ。
だが、その制御には膨大な、そして高度なプログラムが必要とされる。
そのため、グラー博士の指揮下、鉄甲鬼をはじめ海底研究所に所属する百人衆が全てその開発に力を注いでいる…
もちろん、それはこの幼い少女とて例外ではない。
いや、彼女のような子どもに課すには重過ぎるほどの負担だ。
案じた博士が彼女を訪ねてきたのもそれが故なのだが…
「あ、そ、それなら!私の担当部分はすでにほとんど済ませたのだ!」
けろり、と、こともなげに。
蒼牙鬼はあっさりそう言って、笑んで見せた。
嘘やごまかしではない。わき目も振らずに、夜を徹してやったのだ。
そうしないと、「偵察」に行けないではないか―
「もう?!あれだけの量を、お前一人で…」
「それじゃ!グラー博士、私は外出するのだ!」
「あっ、蒼牙鬼!ちょっと…」
ぱっぱと自分の言うことだけ言って、さらりと金色の髪をなびかせて。
老科学者の呼び止めを背中で受け流し、聞こえない振りをして。
今日も少女は、早々と海底研究所を後にした。
「…」
けれども、浮かれた彼女はちっとも気づきはしなかった。
自分を見つめている、一対の目に…


いつしか、少女は自分に嘘をつくようになっていた。
「何故そう足繁く人間たちのもとに『偵察』に行くのか」と問われた時に返すのと同じ答えを、自分にも言い聞かせるようになっていた。
あののんきにも程がある大馬鹿者が、仲間たちと楽しそうにヤキュウをするのを。
来たるべきコウシエンに向かう最初の関門、チホウタイカイのシアイを控えた猛特訓をするのを。
それを見に行くのを『偵察』と称した、そのことがやがて自分の中の「何か」と乖離していくのを、内心で感じながら。
鬼の少女は、それでも上っ面の大儀をひっさげて、この日も人間の世界にやってきたのだった。
足取りは軽く、なんだかこころまではずむ。


だから、気づかなかったのだ。
その後姿を見やり、不審の表情を浮かべていた大男がいたことに―


浅間学園。
朝の空気にも熱波が入り混じり、本格的な夏の到来を告げている。
そのグラウンドに、また…麦藁帽子とワンピースの少女がやってきた。
「!やあ、今日も来たのかい?」
「た、退屈だっただけなのだ」
練習の始まる朝早く、そのころにまた少女は現れた。
プロテクターを装着していた野球部主将は、いつも通りにかっと笑って出迎える。
ワンピースの少女は照れ隠しなのかそっけない言を返す、それもまたいつも通り。
と…二年生の部員のひとり、まとめ役が駆け寄ってきた。
「キャプテン!全員集まりました!」
「おっし、それじゃ始めるか!まずは柔軟からな!」
はすにかぶった帽子のつばを直しながら、車弁慶は彼とともに太陽の下へと走っていく…
まっ平らなグラウンドに、揃いのユニフォームの球児たち。
今日もいつものように、入念な準備運動を始めた…
その光景を、少女はベンチの片隅に腰掛け、見ている。
夏の太陽は、少しずつ少しずつ天空高くを目指して上る。
広い広いグラウンドに点在する野球部員の影が、色濃く焦げて茶色い土を染める。
そよ、と吹く風に、土ぼこり。
今日も熱くなりそうだ―
少女は小さいため息をつきながら、それでも部員達から目を離さない。
いや、その中にいる百鬼帝国の怨嗟の的たる青年から―
「…」
つう、と、フェンスの陰に潜む男の額を、汗が伝っていった。
角を隠し、学ランで己の本来の姿を隠した長身の若者…
百鬼帝国百人衆がひとり、一角鬼。
今の姿は、誰が見ても人間そのものではあるが…瞳に宿る鋭い光が、何処か違和感を生じさせる。
立ち尽くす彼の表情が、不快感に曇る。
あまりの熱気に、くらくらする。
一角鬼はあまりこういった暑苦しい季節が好きではない。
ただでさえくそ暑いのに、この炎天下でなおさらに暑くなるようなことをするなんて、考えただけでも嫌になる…
車弁慶のヤキュウ好きは知ってはいたが(だからこそ自分達兄弟は彼奴に近づくためヤキュウを学んだのだし)、何を好き好んでこんな屋外で練習するんだか…さっぱり理解できない!
…だが。
それよりなおさら、理解できないのは。
(蒼牙鬼…?)
一角鬼の視線の向こうには、麦藁帽子の少女。
熱心に見ているのは、グラウンド上でわらわらと動いている連中のようだ…
いや、そうじゃない。
彼女の目線を追うと…その中の一人を、注視しているようだ。
(車弁慶を監視している…のか?)
そうだ。
彼女は、車弁慶を…見ている。
それも、自分のように隠れることなく、あんな場所から。
標的と会話を交わす先ほどのやり取りを見ていれば、自分の存在を隠すそぶりすら見せていない。
それは、「偵察」とするならば相当に上等なものだろう…
何せ、相手に不信感をもたれずにその懐に入り込んでいるのだから!
…しかし。
(一体、何故?)
その疑念は、拭い去れない。
何のために、ヤキュウをする車弁慶をずっと見ている?
どうせならあいつについてまわり、研究所内に入り込んでしまえばいいのに。
そうすればゲッター線増幅装置の情報も容易く得ることができように…
けれども、蒼牙鬼はそうしない。
ただ、見つめている。ひたむきに。
浅間学園野球部が、広い校庭を駆け巡る様を。
白球を追う、車弁慶を―
「…」
ぐうっ、と。
奇怪で不愉快な感触が、一角鬼の喉元にせりあがってくる。
それは、ずっと感じていた不安感だ。
けれども何故、どうしてこんなに不安になるのか。
あの蒼牙鬼を見ていると―
あんなにもひたむきに奴を見つめている、蒼牙鬼の蒼い瞳を見ていると。
その理由は、わからない。
わからないことがなおさらに、一角鬼を苛立てた。