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主将と子鬼のものがたり(1)


「…!」
「ストラック、バッターアウトオオッ!」
夏の突き刺すような、白光。
打者が最後に振りぬいたバットは―虚しく、空を切った。
県営長野球場。7月18日。
第××回全国高等学校野球選手権長野大会・第3回戦。
県立独楽島商業高校対私立浅間学園の一戦が、たった今雌雄を決した。
主審がついに、高く右腕を掲げ宣言する…

「ゲームセットオオオオオオ!!」

刹那、歓声。片や、悲鳴。
スタジアムの観客席から一斉に雪崩落ちるその人々の熱気が、声の形を持って立ち現れる。
その音の洪水の中で、たった今まで己の全力を出し切り戦い合っていた二者が、同じく真っ二つに塗り分けられた…
すなわち、勝者と敗者。
この9回を押さえきり1点差を死守した独楽島商業高校チームが、互いに駆け寄り、涙を流しながら飛び跳ねている。
歓喜に沸き立つその姿は、まさしく光に包まれているようだ―
だが、その光景は、敗者にとっては眩し過ぎるのだ。
「…」
「くそ…!」
彼らは、最後の一矢を報いることが出来ず、勝利をもぎ取ることが出来なかった。
ラストバッターが、打席にくず折れたまま…むせび泣いている。
彼のもとに、仲間が走り寄る。泣きながら。
闘い抜いたその結果味わったのは、苦い敗北。
だが、持てる力のすべてを持ってやり抜いたのだ、悔いはない―
浅間学園ナインは、泣いている。
勝者にも、敗者にも、公平に照りつける真夏の太陽の下で…

浅間学園側の応援席でも、そこここからすすり泣きの声。
彼らの健闘を祈り必死に叫び続けてきた応援団、勇壮な曲で彼らを励ましたブラスバンド、そして…
一人の青年が、泣いていた。
「…」
真っ白いカッターシャツに学生ズボン、長めの髪に、鋭い瞳。
その青年は、泣いていた。
歯を喰いしばって、嗚咽すら漏らさずに。
浅間学園チームの家族なのか…彼らの敗北に、彼らの涙に揺さぶられ、泣いているのか。
だが、彼が泣いているのは、彼らのためではない。
いや、それどころか、彼は「人間」ですらないのだ―本当は。
彼は泣いている。無数のどよめく観客たちの中で。
号泣する球児たちを、その中の主将を見つめ、泣いている―

彼の名は、一角鬼。
人ではない、人ですらない、彼は鬼だ。
百鬼帝国の精鋭兵・百鬼百人衆の一人たる彼は、今、泣いているのだ…
とある少女のために、泣いているのだ。




その少女の「名前」は、蒼牙鬼(そうがき)と言った。




名の通り澄んだ青の瞳をした、小柄な少女。
愛らしさの溢れる顔に、精一杯の自負と誇りを浮かべ。
金色の真っ直ぐなロングヘアを、いつも自慢げに揺らしながら海底研究所を闊歩する。
二本の角はまだ小さく、それでもそれなりに真っ直ぐに尖って自己主張している。
齢わずか12にして、彼女は既にエリート街道に乗っていた…
何故なら、彼女の「名前」たる「蒼牙鬼」の銘は―百鬼帝国百鬼百人衆のひとつ、であるからだ。
聡明にしてかつ有能。
若年にもかかわらずコンピュータ技術・ロボット工学にも精通する彼女は、その高い能力を買われ、百人衆の一人として選抜された…
そして彼女が得た新たなる「名前」が、「蒼牙鬼」。
海のような蒼き双眸を持つ少女にうってつけなその名は、すぐに彼女の気に入りとなった。
同輩を遥か飛びぬけた…いや、翔び超えてしまった彼女に、最早学校と言う環境が満足行くものであるはずもなく。
彼女はすぐ、百鬼帝国における兵器開発の最高責任者であるグラー博士の元に送られ、研究開発にいそしむこととなった。
彼の統括する海底研究所には、多くの才人が終結している。
同年代…同じく年若いにもかかわらず、メカロボットの戦闘技術開発に長けた地虫鬼。
研究所きっての俊英、博士からの信頼も厚い青年科学者、鉄甲鬼。
その他にも、たくさんの才能豊かな者たちが、明日の百鬼帝国を造るために切磋琢磨している…
そんな知的興奮に溢れた海底研究所は、大いに彼女を楽しませてくれる場所だった。
その幼さ、その可愛らしさ故に、彼女は地虫鬼ともども半ば研究所のマスコットのような存在であった。
自分たちを孫のように可愛がり手をかけてくれるグラー博士、様々な知識を教えてくれる同僚たち…
彼女の生活は、まさしく充実していた。

そんな、ある日のこと。
自身の研究室にて今日も研究にいそしむ百鬼帝国百人衆が一人・鉄甲鬼の元に、一人の男がやってきた。
「おーい、テッちゃーん!」
「テッちゃん言うな!」
テッちゃん、と呼ばれた青年は、不機嫌さもあらわに怒鳴り返す。
もはや二人の間ではお決まりといっていいこのやりとりだ。
もちろん、エリート集団の一員たる彼を、気安くそう呼ぶ者は多くはない…
この男、一角鬼がその一人なのは、ひとえに彼が鉄甲鬼の学友だからである。
「あのさぁ、こないだ造ってもらったピッチングマシン?壊れちまったんだよ。直してくんないか?」
「もう、か?そんなやわなものを造ったつもりはないんだが」
どうやら彼は、また鉄甲鬼に頼みごとを持ってきたようだ…
「ピッチングマシン」とかいうモノを修理してもらいたい、との依頼のようだった…
が、その時。
ひょい、と、姿を見せたのは…ゆらゆら揺れる、金色の髪。
「ぴっちんぐましん、とは何だ?鉄甲鬼」
鈴を転がすような、愛らしい声。
驚いた鉄甲鬼が振り向くと…そこには、彼の、だが遥かに年若い同僚がいた。
今まで聴いたことのないその単語に興味を引かれたのか、問いかけてくる。
「!蒼牙鬼、いつの間にそこに?」
「さっきから、いた」
「?…テッちゃん、何だそのガキ?」
と、その幼い少女を不振そうな目つきで見やる一角鬼が、ぞんざいに彼女を指差しながらこれまた鉄甲鬼に問いかけてくる。
「ガキ、じゃない。私は蒼牙鬼…なのだ」
「一角鬼、知らないのか?この子も百人衆の一人だぞ」
「そう、なのだ」
「は〜ん…」
あごに手をやり、じろじろとその子どもを見下す一角鬼。
そして、ため息をつきながら言うことには…
「地虫鬼もそうだけどよ、こーんなちまいガキが栄光ある百鬼百人衆ってのも…何だかなあ!」
「無礼者。甘く見るな、なのだ」
当然のことながら、その失礼な物言いにプライドの高い蒼牙鬼は黙っていない。
「しっかもこんな、可愛げのない…!ガキはガキらしくガッコー行ってろ、っての!」
「うるさい、のだ!」
「こ、こら、蒼牙鬼!一角鬼もいい加減にしろ!」
にわかに険悪になった空気に、困惑気味の鉄甲鬼。
蒼牙鬼をそっと横に押しやり、一角鬼に向かって投げやりに手を振りながら言う。
「わかった、ピッチングマシンは直しといてやるから!それでいいんだろう?」
「おっ、助かるね〜!さっすがテッちゃん」
「テッちゃん言うな!」
「…」
喜びおだてる一角鬼に、軽くあしらう鉄甲鬼。
が…自分の疑問を置いてきぼりにされてしまった少女が、それを忘れるはずもなく。
「…ぴっちんぐましんとは、何だ?」
「うっせえなあー、お前には関係ないだろが」
「む、むうー!重ね重ね失礼、なのだ!それ以上無礼を働くと、お前の家に時限爆弾を仕掛ける、のだ!」
「こ、怖ッ?!」
「蒼牙鬼…ピッチングマシンというのは、野球の練習に使う道具なんだ」
エスカレートしていく低レベルな言い争い。
そこで、見かねた鉄甲鬼が解答を与えてしまった。
しかし、その言葉は…少女の耳には、聞きなれない響きを持っていた。
「…ヤキュウ?」
「おう!ヤキュウという『人間』のスポーツ?があってだな」
えへん、と、そこで咳払い。
そして、何故か誇らしげに言う一角鬼。
「俺はそいつを特訓してるのよ、ゲッターチームを倒す糸口にするためにな!」
「…あの、ゲッターチームを?」
「そうさ!」
ふふん、と、それもかなり自慢げに。
胸を張る一角鬼を不可思議そうに見返しながら、蒼牙鬼は軽く首をかしげた。


「ヤキュウ…?」


やきゅう、やきゅう。
少女は、口の中でころころとその言葉を何度も転がしてみる。
よくわからないが、「人間」の言葉らしい。
やきゅう、やきゅう。
知識欲旺盛な蒼牙鬼の頭の中で、くるくるとその言葉は回り続ける。


こんな、たあいもない好奇心。
その好奇心から、このものがたりははじまってしまったのだ。