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Monologue〜巴武蔵〜
待つ者


「あ、」
粉末だしの買い置きを戸棚から取り出そうとしたとき、巴タケの右手の甲に、かすかにそれが触れた。
すっかり忘れていた。
少しばかりの驚きとともに、その箱を取り出してみた。
いったん開封した跡があるそれは、カレーのインスタントルウ。
そう言えば、カレーなんてここ最近作ってもいない。自分自身、そんなに好きというわけではないからだ。
あの子が帰省した時に作ってやったぐらいで…
あの子は、カレーが大好きだから。
しかし、今は自分ひとりのために料理を作っているので、カレーなんてついぞ作らないままでいた。
だから、このルウも戸棚に閉まったまま忘れていたのだが…
ムサシがこの前帰省して来たのは、いったいいつのことだったかしら?
カレーのルウを元通り戸棚にしまいこみ、粉末だしを取り出しながら…
巴タケは、今は遠く離れた長野の空の下にいるであろう、自分の息子の事を思った。

夫が交通事故で死んでから、もうずいぶんになる。
それからというもの、自分は息子のムサシと二人で生きてきた。
苦しいこともあったが、息子の笑顔を見ていれば耐えられた。
あの子も家事を手伝ってくれたり、いろいろとがんばってくれた…
勉強はからっきしダメだったが、中学のころから柔道に打ち込み、県大会で優勝したこともある。
そんな息子が誇らしかった。その晴れ姿を見たとき、生きていてよかった、と心底に思った。
その縁で浅間学園から柔道のスポーツ推薦の話が来た時、あの子は迷わず入学を決めた。
スポーツ推薦のさかんだというその高校は、推薦を受けた生徒を多少なり金銭的に援助してくれるとの話だった。
学費も大幅に負担してもらえるとムサシは自分に言い、この高校へ行くとはっきり言った。
一人親で裕福とは言いがたい、うちの家計の事を案じてくれたのだろう…
15の春、あの子は、この北海道を出て、友達もいない長野県へ一人旅立っていった。

もちろん、心配もした。
あの子は意外に小心なところがあるから、知り合いもいない長野で元気でやれるのだろうか、と。
けれど、あの子は…案外と筆まめなところもあるので…よく、手紙を出してきてくれる。
多い時には二週間に一回ほど、少ない時でも月に一回は。
はじめのうちの手紙…そこには、ムサシの精一杯の虚勢があった。
学校であった事、楽しかった事を連綿と、脈絡もなく書き綴ってあるその書面からは、むしろあの子が見知らぬ地で惑っている事が見てとれた。
しかし、母親には心配をかけるまいと、必死にそれをとりつくろう。
あの子は、そういう子だった。
昔から、いつも…迷惑だけはかけないように、と。そうして、自分を偽り、明るく振舞う。
そういう、やさしい子だった。

しかし、だんだんとその手紙の内容も変わってきた。
早乙女研究所というところで、「げったーちーむ」とかいうモノに入ったらしい。
何かのクラブかと思っていたが、どうやら飛行機に乗って、悪人を倒すのが仕事だという。
はじめにこれを手紙で知らされた時は、何かの悪い冗談なのか、と思ったのだが…
「今日はメカザウルスを思いっきり投げ飛ばしてやりました」だとか、
「最近は特訓にも楽についていけるようになりました」という、その「げったーちーむ」に関する内容が増えてくるにつれ、だんだんと妙な風になってきた。
けれど、そういう文章の割合が増えていくごとに、その明るさも度を増してきたのがわかった。
あの子は、この「げったーちーむ」というのを、本当に気に入ったに違いない―
あの子は、自分の居場所を見つけられたのだ。
それに、いい友達も。
「リョウ」君という子と、「ハヤト」君という子。
それに、「ミチル」さんという子。
そういえば、ムサシとその「ミチル」さんが二人で写っている写真を同封してきて、彼女の事を「ガールフレンドだ」とか書いてきたこともあった。
それを見た自分は、てっきり「あの子にもとうとう彼女が出来たのか」と早合点してしまい、早乙女研究所にいるというその女の子に会いに行ってしまったのだが…
結局、それは見栄っぱりのムサシが、ついつい筆を滑らせてしまった、というのが本当のところらしい。
「ミチル」さんというその快活そうな女の子は、きゃらきゃら笑ってその話を聞いていた。
「リョウ」君も「ハヤト」君も、明るくて親切そうな若者だった。
そして、そんな彼らに囲まれて、あの子も楽しそうに笑っていた―
だから、自分ももう心配するのはやめた。
あんなにいい友達に恵まれたのだ、何を心配する必要があろう…?
その「げったーちーむ」を見ている早乙女博士という人のよさそうな博士さまも、「ムサシ君はゲッターチームになくてはならない、立派な青年です」と太鼓判を押してまでくれた。
私にはよくわからないが、ムサシは何か立派な、素晴らしいことをしているのだ―その、「げったーちーむ」とかいうモノで。
それがはっきり感じられた。
もう、あの子は大丈夫なのだろう、と。

学期末になるたびに、学校からはムサシの成績表が送られてくる。
まあ、体育以外はアヒルの行列。数学や物理などはもう少しひどく、つくしが立ち並んでいる。
そういうモノには昔からなれているので、自分としてはどうとも思わないのだが…
成績表が送られてくるころにムサシから出してくる手紙には、必ずといっていいほど
「来学期こそは頑張りますから」
と書いてあるのだ。
本当に頑張るのかは、定かではないけれど。
あの子には、昔からそういうところがある。
いつも前ばっかり向こうとしているのだ。それで、足元がお留守になって、すっ転んだりして。

そんな息子の姿を思い浮かべたタケは、思わず含み笑いをもらした。
と、その時、涼やかな時報の音。
「…ニュースの時間です」
今まで対談番組を流していたラジオから、一転、アナウンサーの落ち着いた低音が流れ出した。

「まずは、東京湾巨大ロボットの爆発事件についてのニュースです」
一拍置いた後、立て板に水を流すようなアナウンサーの朗読。
「14日未明、東京湾に出現した謎の恐竜型巨大ロボット爆発事件の復旧作業はいまだ難航しており、消防・警察・自衛隊による懸命の活動が続けられています。
人間大ほどの体長のトカゲのような形状の生物の死体も数多く確認されており、この事件が少なくとも人類以外の生命体によるものではないかとの仮見解が対策本部から出されています。
今月12日に東京湾沿岸部にて大規模な破壊活動を行った、『恐竜帝国』と名乗る組織との関連が現在調べられています。
『恐竜帝国』によって東京湾内に建造された基地と思われる建造物は、今回の恐竜型巨大ロボットの爆発によって壊滅状態に陥り、警察による内部調査が進められているとのことです。
この事件による被害は、少なくとも数兆円に上るとの見通しが…」

「東京はとんでもない事になってるねえ」
思わず、タケはそうつぶやいていた。
都会は怖いところだ。何だか、よくわからない事件ばかり起こる―
やれやれ、ムサシは無事でやってるのかしらねえ。
まさか、東京になんか遊びにいってないだろうね、あの子は物見高いところがあるから…
少し考えて、自分でも怖くなった。かすかに怖気をふるう。

まあ、しかし。
あの子のことだから、きっと元気にやっている事だろう。
相変わらず毎日をやかましく、能天気に―
またそのうちあの子は手紙を送ってくるだろう。
少しばかりの見栄の混じった、たわいもない日常の報告の…

それを、楽しみに待っていることにしましょうか。
タケはそう心の中でつぶやいて、再び大根を千六本に刻み始めた。



そして、タケ以外いない静かな台所に、快い音が響き渡っていくのだ。




巴武蔵。
彼は、ゲッターロボ最終話「恐竜帝国の滅びる日」において、
恐竜帝国の誇る最強のメカザウルス・無敵戦艦ダイに
コマンドマシンで突っ込んでいき、そのいのちを散らしました。

リョウやハヤト、ミチルたちは嘆き哀しみ、その死を悼み涙を流しました。
…しかし、彼らだけではなく。
ムサシにも家族が、(少なくとも)母親がいたわけで…
残された者…彼の家族の物語は、それ以来一切語られていません。




早乙女博士。
あなたは、ムサシの死を、おかあさんであるタケさんに
一体どのように伝えたのですか?




ちなみに、ムサシの父親が故人であるというのは、私が勝手に考えた設定ですので…念のため。